大槻ケンヂ(筋肉少女帯)作品のぐっとくる題名
あさひてらすの名物連載『グググのぐっとくる題名』が本になった。
単行本では書下ろしに加筆を加えてさらにパワーアップ。
特に、大槻ケンヂさんとのロング対談が大好評!
(撮影/旭 里奈)
対談では語り漏らした「大槻ケンヂ(筋肉少女帯)作品のぐっとくる題名」を、ここではボーナストラックとしてお届けしたい。対談と併せて読むと妙味倍増です。
1.『仏陀L』
筋肉少女帯のアルバムの題名
メジャーデビューアルバムから、すごい題名を繰り出してきている。
実は元ネタや、深くこめられた意味があるのかもしれないが、それらを知らない時点でもう、強いインパクトを与えてくる。
神や仏、それ自体を指すワードは、当たり前だが、宗教的な意味が必ず付随する。
宗教は人類にとって、いうまでもなく大きな存在であり、どんなワードにも強さが備わる(不勉強なまま、カジュアルに語ることはできないジャンルでもある)。不敬なことはできないと、どこか身構えさせるものがある。
神、God、仏様などの広い呼び方ならまだしも、仏陀とかキリストを軽々に扱うのは難しい。
『ブッダとシッタカブッタ』など、そういう題もなくはないし、別にタブーということでもないが、流行音楽の世界ではなかなか選ばないワードだと思う。
もっとも、西洋のハードロックの世界では十字架や黒ミサといったワードがしばしば出てくるもので、日本人がロックをするときに、そこを(キリストから仏陀に)敷衍してみせたということかもしれない(そういえば、初期の筋肉少女帯は卒塔婆をふりかざしてライブしていたという)。彼なりの(日本人としての)ロック表現だったのかもしれない。
このころ『少女A』というヒット曲がすでにあった。そのように名詞にアルファベットが一つ付随することで生じるのは、その存在の複数性だ。
「どこかの(たくさんいる中の)」少女Aということになる。
Aだとアルファベットの先頭だから、たくさんいる中の最初のひとりという風にもなる(当時の未成年犯罪の報道で、匿名で「少女A」と報じられた、その語をことさら詩的にとらえての曲名だったろう)。
少女は世にたくさんいるが、仏陀は一人だ(と、とりあえず思われる)。だから同じ手つきで添えられたLに「ん?」と疑問が生じる。
また、Aではない。ABC順の真ん中あたりにあるLが添えられると、仏陀にロボットやクローンのような大量生産品の気配がまとう。実は仏陀はLまでいる、という。
Lサイズということも思わせる。大きめの仏陀だ。
そういったうさんくささや怪しさが、仏像や仏画、寺社に経典などのもつ、あらゆる「仏」のイメージとあいまって拡大した。
文字数が少ないので題自体が「物静かにみえる」ところもいい。小柄だが、本気を出したら怖い人なんじゃないか(仏の顔もなんとかっていうし)、と思わせるような、いわば「風格」をまとわせている。
もう一つ。本書対談内では、あるアルバム名について、「判子で捺せる」というワードが大槻さんから出てきた。これはとても大事な指摘だったと思う。
映画『犬神家の一族』で、タイトルが画面にバーンと出てくるようなイメージを、自作の題名にも求めたという話なのだが、つまりそれは音や意味だけでない、アルバムジャケットなどに載る「ロゴ」としてデザインされることまで考えて題名を考えているわけだ(これには蒙を啓かされた。題名は、タイトルロゴの姿まで考えてよかったのだった)。
(気になった方は『犬神家の一族』の、タイトルが出てくるシーンをぜひ見てみてください)。
『仏陀L』も、その曲線と直線の交ざり具合にある種の調和をみる。曲線交じりの二文字続く中にLの直線が唐突で、(深読みしすぎかもしれないが)異化効果をあげている。
・『ブッダとシッタカブッタ』小泉吉宏の漫画の題名(KADOKAWA)。
2.『ザジ、あんまり殺しちゃだめだよ』
筋肉少女帯の曲名
本書対談では、大槻さんに教えてもらった『ユージン、斧に気をつけろ』(ピンク・フロイドの曲の邦題・原題は『Careful With That Axe, Eugene』)が実にかっこよくて、まだまだ自分の知らない、よい題名があるのだなあと感心した。まず、この題名について考察したい。
まず、ちょっと耳慣れない「ユージン」の名前の響きがよく、語りかけによって題が物語性を獲得している。
その語りかけが絶妙だ。
「ユージン、気をつけろ」では全体にあいまいだ。
「ユージン、敵に気をつけろ」だったら状況が分かる。でも、「分かった」としか思いようがない(ユージンも、客も)。想像が広がらない。
「ユージン、銃に気をつけろ」だったらどうか。「敵に」よりも具体的な危機を示唆することができる。
「斧」はどうだろう。もちろん分かるし、ピンチが斧の「他にもある」感じが実は出ている。
「斧に気をつけろ」と「わざわざ」言うことに、状況の深読みが生じる。いろいろな攻撃が考えられる中で、特に、という前置きがみえてくる。
銃の場合、深読みがしにくい。斧と同様に「わざわざ」言ったのかもしれないが、それだと手段ではなく、目的=「狙われていること」に気持ちがより強く向かうと思う。銃は殺傷能力が高いというか、殺傷するためだけの道具だからだ(斧は本来は武器ではない)。銃に狙われることなどない日常で発せられれば最大級のアラートになるが、フィクションの題としては平板な呼びかけとさえいえる。
さまざまな武器の中で、一般的には最優先で気を付けるべきものだから、題に意外性がない。
斧に気をつけろ、の場合、斧のほか、銃はもちろん、剣とか矢とかノコギリとか、もしかしたら落とし穴もあるかもしれない。狙われ方が絞れない。あらゆる手段での攻撃がありうる中でも、特に斧に気をつけろ。それで、予断を許さない感じがより強まる。
また、「斧に気をつけろ」は、他は気を付けなくてもいいが、という意味にも取れる。
そのことは、ここで謳われる主体(ユージン)が、斧以外のことなら、それなりに対処できうる人物であることも感じさせる。人物の有能さが肉付けされているわけだ。諸事に気を配れると見込まれた人物に、それでも訪れるピンチ(だからこそ、わざわざ念を押した)、ということで、ピンチの度合いが一段高まる効果も出ている。
また、殺傷能力では銃が上だが、感覚的な「怖さ」はどうだろう。斧が上だと思う。
銃も流血するだろうが、大きな切断をもたらす斧にはスプラッターな怖さがある。銃の死はときにあっけないが、斧の死は長引きそうで、そこには後味の悪い残虐性もある(ピンク・フロイドの曲のイメージにもおそらくだが叶っている)。
あ、殺意とも限らない、あらゆるレベルの危険の可能性も、この題には宿る(そう捉える人も多そうだ)。敵などおらず、ただただ斧という物自体の危険を(わざわざ)言っているのだとしても、やはり背筋が冷えるような感覚が残る。単にDIYでログハウスを作る人へのアドバイスかもしれないのだ(さすがに違うとは思うが)。
で、同様の、「語りかけ」のいい題名が筋肉少女帯にもあった。
『ザジ、あんまり殺しちゃダメだよ』で「斧」に相当する(効果がある)のはもちろん「あんまり」だ。
てことは、多少は殺してもいいのかよ、という。
同時に、すでにたくさん殺している、という取り返しのつかなさも示されている。幕開けではない、筋の途中から始まっているような不思議な印象も与えてくれる。
斧と同様に、状況を一気にあれこれ想像させることに成功している。死の気配が漂うのは斧と共通しているが、違うのは、主人公に感情移入させるのではない、突き放しのショックであることだ(客はこの題の話者とザジとを、けっこう遠巻きにみることになる)。
ところでこの曲は1996年、つまり平成8年の作だが、なんだか令和のフィクションの気分がある。
『呪術廻戦』や『葬送のフリーレン』など、近年のバトル漫画のヒット作をみていると、中の人物たちに(善玉、悪玉ともに)通底しているのはバトルの「激しさ」「熱さ」ではない。
あるのは「余裕」だ。
恐ろしい妖気や魔力を発揮する強力な敵を前にして「さーて、おいでなすったか」みたいな涼しい顔で立つ。
(「気」とかの)弾幕を避けるときも、どこまでもクールに無表情に避ける。『ドラゴンボール』や車田正美作品のヒーローのような肉体の誇示も少ない。眉間の吊り上がった表情もみせない。皆、いたってスマートな姿だ。なんならダメージを直撃してもなお「フッ」みたいな涼しい顔を維持し続ける。
敵に蹂躙されて廃墟になった街をみても「なんてこった!」みたいな愕然とした顔をしない。怒りや衝撃をたたえているにせよ、どこか「なるほどね」みたいな表情だ。
「あんまり殺しちゃだめだよ」は、主人公側でない、悪の側の人物を想起させるものだが、やはりとても現代的だ。すでに起こったであろう惨事に対して、驚愕ではない、ヤレヤレ感を伴った、溜息まじりの諦念の発揮。なんと冷静で優しい問いかけ。八、九十年代のキャラクターには(曲の題名にも)ない、二十年早いセンスだと思う。
3.『混ぜるな危険』
筋肉少女帯の曲名
タイアップの曲で、その題材をうまく言い得た点に、まずはぐっとくる。これは『うしおととら』というアニメの主題歌である(つまり、題名単体でない、ある程度、内容ありきで褒めることにはなるのだが)。
「混ぜるな危険」はもともと題名ではない。塩素系(酸性)洗剤のパッケージに、割と大きめの文字で記された「警句」だ。
塩素系の洗剤と酸性の洗剤を混ぜて使うと有毒なガスが発生して、死亡事故につながる。
.jpeg)
まぜるな危険の揃い踏み。トイレ洗剤界の「うしお」と「とら」。
死に関わることだから、短い語数の体言止めで、分かりやすく強く謳っている。いわばこれは(比喩でない、正しい意味での)「レッテル」である。
本書内で語った「転用」がここでは最大限に活きている。タイアップ元の漫画は「うしお」と「とら」のバディものだ。個性の違う二人が「混ざりあう」ことで「危険」が発生する。トラブルメーカーを想像させるし、危険なほどの「強さ」だって思い浮かべることができる。
既成のレッテルを、そのまま(言葉を変えずに、場所を変えて)貼りなおした。本当に起こりうる(死亡事故が起きる)危険の気配が、語の中にはうっすら残っていて、しかしただ有毒ガスを発生させるだけの「現象」を、フィクションの活劇のワクワク感へと巧みに移し替えた。
命名を思いついたとき大槻さん、かなり痛快だったんじゃないかと想像する。
・『うしおととら』藤田和日郎の漫画の題名。(小学館)
4.『楽しいことしかない』
筋肉少女帯の曲名
大槻ケンヂの作はおどろおどろしかったり、不穏なムードの題名が
これが人を励ます応援歌だとして、そういうヒット曲の題名には坂
それらの場合どちらの題も、励ましであると同時に、受け手に対し
『楽しいことしかない』はかなり楽だ。受け手がポジティブでなく
題としてどちらが優れているということではないが、負けないと思
もう一点。題名というものは、ネガティブなことを言ってもなぜか
人がすごくポジティブなことを言うとき、「そうわざわざ言うって
それでも、そう言ってくれている。その言葉の表面を人はやはり嬉
大槻ケンヂさんとの対談では、ほかにもたくさんの題名について語りつくしています。『グググのぐっとくる題名』でぜひお確かめください!



