かじけ猫に寄り添う10篇の詩(25年12月)
今月のタイトルにある「かじけ猫」という言葉は、寒さでちぢこまりじっとしているネコのことを言うのだそうです。「猫は炬燵で丸くなる」と慣れ親しんだ童謡の歌詞にもあり、猫は寒さを黙って耐える印象を持たない方も多いのではないでしょうか。
さて、今回は10篇の作品を掲載いたします。どうぞご一読ください。
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かじけ猫に寄り添う10篇の詩 ・青年は秋のように ・鶏鳴 ・毛玉 ・風邪を引いたら ・老人 ・あなたへ ・空は遥か ・愛する美しさを知った私たち ・「 」 ・さざ波 |
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青年は秋のように 根尾覚
到来してきた時間は いつも風の中にあり それが吹きすぎてゆくから 青年の心はいつも小石なのである。 何者の作用もゆるさず、 あるところまで形作られているのに、 それでいて此処に留まることのできない心 最も揺るぎないが 最も震えている心
果てしない荒野には見えないものが多すぎる はやる気持ちを蓄えながら 育みながら養いながら やはりすみやかに肉付いてはいかないが 彼の歩幅は少しずつ たしかに進みゆく方向に測られる 愛せ、彼は彼を ただひたすらに、ひたすらに |
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草笛 螢夢
檻の中で野性に還りたいと 身構えをしている 身薙ぎる力を嘴に集め 曙色の空に 羽毛を逆立たせる
朝は わたしの朝は もう 眼の前に来ている筈 なのに わたしは鳴くことさえ 出来なくなったのだろうか
いったい 何時の いったい 何時 声を上げればよいのだ わたしは |
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毛玉 倉橋謙介
君の無意識の世界にいるうちは 僕もなんとか冬を過ごせそうだよ こちら側にある全てが 例えば 夏の通り雨の中 雨雲の先にあった青空みたいな 思い出って程でもない記憶が ため息ついて倒れそうな君を いつだって支えてきたこと 本当は伝えに行きたいけれど そんなことしたら 僕が大変なことになってしまうから とてももどかしいね パーカーの肘の裏って 居心地が良いしさ |
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風邪を引いたら 鏡ミラー文志
風邪を引いたら、ウイルスと仲良く寝込む 疲れてる時は、邪気の神様が僕の友達 お粥を食べたり、咳をして喉を鳴らしたり いつもとは違う軽い軽運動レジャー レコードのジュージューいう音は、フライパンの油の音かな? いつもと違う、小ちゃなことに気づきそうな 小ちゃく生きてる俺さ 風邪を引いたらもう、あまり威張らないことさ 小ちゃく生きて、優しく当たられるように構えることさ 食事も美味しい 寝てるの楽しい 風邪を引いた時、その人が普段どう思われてるか分かるんだって 分からないことも、分かるようになる 風邪を引くのは、変化の前触れなのさ |
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老人 ヒンヤ
天使は毒を与え 悪魔は嘘を盛り付ける
彼らには気にもかけず 老人は微笑む
祈りも捧げず 夢も語らず 天井を柔らかい表情で見続けている
その瞳には回想が映っていると 鳥たちは囁く
繰り返せない人生の終わりに 孤独は怖くないとも
意識に存在など語れやしないとも 孤独は怖くないとも 彼らは羽ばたく |

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あなたへ 七海独
あなたの睫毛は長いということ。 それは、 あなたを横から眺めているからわかること。 あなたの視線がわたしに向いていないから、 わかること。 寂しくて、 愛しい瞬間であるということ。 まばたきする度に、あなたの睫毛が揺れ、 その目が世界を捉える。 そしてその世界に、わたしはいない。 あなたの見つめる煌めく世界で、 青空に映える真っ赤な葉っぱのようになりたかった。 この願いが叶うことは、一生ないのだろう。 けれど、 そんな寂しくて、もどかしくて、 愛しい瞬間のおかげで、 わたしはまだ、息をしている。 |
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空は遥か 筒路なみ
体の重心をずらす。木のベンチがきしむ ノイズのような波だ 風が吹く。波が立つ 遠くの砂が濡れていく。僕が立っていた砂だ
あそこに立っていたかったと思う。あなたなら立っているから 立ち上がりたくないと思う。あなたなら駆けていくから 同じ青でいたいと思うんだ。あなたは、空だろうから
深い海は、広い波は、大きくうねる。空に手を伸ばす 目はどこだろう、鼻は、口は、 首筋には雲が流れるんだろうか 僕を撫でる風が、あなたの言葉だったりしないだろうか
あなたで僕が揺れる あなたが静かだから、僕の音はあなたに届くだろう 木のベンチがきしむ 息をはく かすかな声が、奥の方からこぼれる。 |
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愛する美しさを知った私たち SilentLights
青空を見上げ そのとうめいな美しさに 心うたれること
愛することを知るまでは 身のまわりの自然に 心から感動することなどなかった
鳥のさえずりを耳にして その優雅な旋律に やすらぎを覚えること
愛することを知るまでは 自然のことづてに 切実に耳をかたむけることなどなかった
愛することをとおして はじめて 私たち自身のかけがえのない光景が 胸のうちで広がってゆく
心の中の光景を しずかに見つめることで
私は 自然のふかみへと入ってゆきたい
そして そこで できることなら 愛する人と めぐり会いたい |
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「 」 とし
りとり、 りとます 、 か、 かか 、 まりす、 す 、 んぶん。
「 」のないせかいは、ことばがいびつだ。 われわれには「 」がひつようだ。 ことばをつむぎ、きもちをつたえるために。 |
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さざ波 南野 すみれ
余命という数字が さざ波のように 寄せて 寄せる 引きがない
そのユーモア 余裕 蹴散らして 投げ飛ばして それから― 何ができよう 秋の陽をたっぷり浴びた アケビのように 傷口は 開ききって カワイタ
森の奥 岩の隙間 湧き出た水が 嵩を増し 大海へそそぐように 音が 命を削る音がする デュオ トリオ カルテット… オーケストラはまだ揃わない
ゴールは誰も同じ場所 と 独り言のように その場所に上がるあなたの靴音 を ジャズのように聴けと? |

世話人たちの講評
平石貴樹より
青年は秋のように
前半感銘を受けました。
やや断定が過ぎるかもしれません。
毛玉
考えたことなかったけど、毛玉って美しいですね。
風邪を引いたら
生活の知恵ですね。
老人
私はこの老人、回想してないと思います。
あなたへ
こういう関係、ありますね。
空は遥か
2行目だけ、波はノイズかなあ、と思いました。
愛する美しさを知った私たち
美しい流れ。最終行だけ疑問でした。
「 」
つまり「し」ってことですか。
さざ波
とても切ない詩でした。
渡辺信二より
青年は秋のように
タイトルの比喩も面白いし、「青年の心はいつも小石」という比喩もとても良い。良いのだが、そうした比喩を生かす方向で、配慮があるとさらに良いと思われる。というのも、秋らしさがあまり感じられないし、小石は「此処に留まることのできない」だろうか?「最も揺るぎない」だろうか?
「わたし」も「檻の中で野生に還りたい」と願って、「朝、鳴きたい」のだろうか?
言葉使いに好みがあるから、このままでも良いのかもしれませんが、文字の節約を考えると、「身構えをしている」は「身構える」で、「身薙ぎる力」は、「漲る力」でも良いように思われる。
毛玉
タイトルの「毛玉」という言葉の選択もそうですが、「パーカーの肘の裏って/居心地が良い」という表現も、秀逸です。
「君」のほうは、「ため息ついて倒れそうな君を いつだって(僕が)支えてきたこと」に気づいていないのですかね。
風邪を引いたら
風邪を、治すべきものというよりは、むしろ、気づきを与えるものと捉えるのは、東洋哲学的な境地でしょう。
老人
11行目、13行目の助詞の「とも」がいろいろに読めて、意味深の響きがあります。
最終行の「彼ら」とは、多分、天使と悪魔を指すのでしょうが、「彼らは羽ばたく」は、ちょっと、どう受け取って良いのか、戸惑う。
あなたへ
相手に知られず相手を思う気持ちがよく表現されています。
「息」こそは、相手とつながる可能性を秘めています。
空は遥か
印象的な情景として、よく、一つにまとめている。
多分、自然との身体的な交流を取り上げているように読めるが、何かしら、かなり、難しい。
「あなたの言葉」や「かすかな声」が何を訴えるのだろうか。
愛する美しさを知った私たち
とても細やかで、読者の想像力の中にも、深みある景色が広がるような良い詩です。
ただし、最終行「(私は)愛する人と めぐり会いたい」を読み終えて、
タイトル「愛する美しさを知った私たち」を振り返ると、ちょっと違和感が生じるか。
「 」
「 」を、どう解釈するか。誰かが誰かに語りかける内容を暗示すると取れば、
言葉が欠けたり、表現がうまくゆかない様を、言語的な不自由として表現することで、むしろ、言葉を尽くすこと、想いを伝達することの重要性を訴えているのだろう。
良く、工夫している。
さざ波
作者の思いが、よく出ている 特に第一連が良い。ただ、「さざ波」を含めて、
「秋の陽をたっぷり浴びた/アケビ」「大海へ注ぐ」「独り言」「ジャズ」それぞれの直喩が、まさしく、作者の思いを表現しようとしているのでしょうが、読者には多分、その直喩同士の関連性や方向性を理解するのに忙しく、まさしく作者の伝えたい方向で読者が理解できるかどうか、疑問が残る。
※今回、千石英世氏のコメントは休載となります。ご了承ください。
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