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音声学者とーちゃん、娘と一緒に言葉のふしぎを見つける

言語学者夫婦、子どもの言い間違いを直さない

「ふみちり、まだ〜?」 

義理の妹が2人目の子どもを産み、当時3歳の上の子を持て余しているようなので、ヘルプに駆けつけた。電車好きの男の子で、車での移動中どうしても「ふみきり」が見たくなったらしい。 

「しげとさ〜ん、ふみりまだ〜?」 

を連呼された。あまりに連呼されて、「エビチリ」が食べたくなった。 

「き」が「ち」になってしまうのは、子育てあるあるだと思う。 

お母さん友達と話していると「うちの子は、まだXXの音が言えなくて〜」とおっしゃる声を耳にする。子どものことに関しては何でも心配になってしまう気持ちは痛いほどよくわかっているつもりだ。だから、この気持ちにもおおいに共感できる。

しかし、我々夫婦はちょっと変わり者なのかもしれないが、子どもの言い間違いを直さず、大事に保護する方針をとることにしている。むしろ他の大人から正しい発音を習ってきてしまうと、ガッカリするくらいだ。なぜ我々は言い間違いを楽しむのか。他のご家庭に押しつけるつもりは毛頭ないが、我々なりの理由を説明しよう。 

第一に、可愛い。子どもらしさが溢れている。特に、下の娘が1歳の時に発した「もえもえちゅん」は破壊力抜群であった。 

もえもえちゅん


第二に、個人差はあるが、小学校にあがる前くらいの子どもが「ある音を言えない」というのは自然なことだ。子どもの体の構造は大人と異なっていて、それにはしっかりとした生物学的な理由もある。例えば、大人は液体を飲みながら同時に呼吸はできないが、赤ちゃんはできる。母乳やミルクを飲むときに窒息しては困るからであろう。喉や口などの構造が大人に近づくにつれ、多くの場合「言い間違い」は直っていく。いずれ大人の発音になる可能性が高いのだから、可愛い発音を堪能できるうちに堪能したほうが得ではないかと考えている。 

ただし、こちらも重要なことだが、言い間違いが続くようであれば、言語障害という可能性もあり得るので、言語聴覚士に相談してほしい。言語聴覚士とは、音声学と医学の知識も十分に持った、いわば「ことばのお医者さん」で、言語発達に関する専門家だ。 

(実は私自身、上の真ん中の二本の前歯の間に大きな隙間があって、無垢な子どもたちによく「どうして歯が抜けたの?」と聞かれる。しかも、下顎が上顎より前に出ていることもあり、ちゃんとした[s]を発音することができない。日常生活には困らないが、よくネタにされるし、自分でもコンプレックスに思っていた時期もあった。しかしおかげで「音」というものに対する感性が磨かれたとも言えるかもしれない。) 

さて話を戻そう。我々夫婦が「間違い」を大事にする第三の理由は、子どもの「言い間違い」のおかげで、日本語について見つめ直すことができる、ということだ。学校などで意識的に学ぶ第二言語と違って、母語は、隠れた規則性も含めて無意識に学んでしまう。しかし、子どもの「言い間違い」のおかげで見えてくる日本語の規則性があり、その規則性を解明することも言語学者の使命なのだ。この点が、今回の記事のメインテーマになる。 

第四に、子どもの言い間違いは、大人の言語に見られる規則性と一致することが多い。例えば、「き」が「ち」になってしまうお子さんは多いが、歴史的に「き」が「ち」に変化した言語が多数あり、その変化には音声学的な理由がある。つまり、子どもの「言い間違い」は「間違い」ではなく、子どもなりの「規則」であることが多い。これを大事に見守ってあげたい。この点は次回以降の記事で掘り下げる。 

音韻論って知っている人てーあげてー

子どもの「言い間違い」について説明するため、ある用語を紹介したい。「音韻おんいん論」だ。この単語を聞いたことがある読者は、とても少ないだろう。正直、「言語学・音声学」も説明しにくいが、「音韻論」はもっと説明しにくい。「言語学者(音声学者)です」と言えば、「言語(音声)を研究しているんですね」と察してくれる。だが「音韻論者です」と言っても、「音韻を研究しているんですね。ところで、音韻って何?」となってしまう。 

今まで色々と音声学の入門書を書いてきたが、「音韻論とは何か」を説明したことはない。楽しく説明できる自信がなかったからだ。しかし、わが娘たちの力を借りて、新たな突破口を開こうと思う。 

あたしの「ぐみ」 

上の娘は、幼稚園時代「うさぎぐみ」「たんぽぽぐみ」「ゆきぐみ」であった。年長になった時に、よく言っていた: 

「あたしの『ぐみ』ではねー」 

お菓子のグミではない、「組」のことだ。普通の大人は「『ぐみ』じゃなくて『くみ』でしょ」と正してしまうかもしれないが、我ら夫婦は、彼女の「ぐみ」を大切に保護した。幼稚園の先生に直されてしまうまでは……。 

「くみ」を「ぐみ」とする勘違いだが、子どもにしてみれば、当たり前の発想である。「うさぎぐみ」「たんぽぽぐみ」「ゆきぐみ」なのだから、「組」は「ぐみ」と発音すると考えるのが自然だ。3つの組名から共通要素の「ぐみ」を抽出した娘を褒めてあげるべきだろう。 

ちなみに、この共通要素を取り出す作業を、専門用語で「形態素けいたいそ分析」という。言語を完全に習得するためには、形態素分析ができるようにならなければならないし、形態素分析はgooele翻訳などの機械翻訳でも前提となる技術だ。ただ子どもはこれを時々やりすぎて、可愛い発言になってしまう。上の娘が: 

「ねぇねぇ、クライマックスって何がマックスなの?」 

と聞いてきたときには悶絶した。 

また、下の娘に絵本を読んでいると「ジャイアントパンダ」が出てきた。「ジャイアンとXX」だと思ったらしく、「ジャイアンと誰?」と聞かれ、またも悶絶。子どもは新しく聞いた単語を常に形態素分析しているのだろう。 

さて「ぐみ」の話に戻そう。ここに「音韻」が絡んでくる。日本語では、2つの単語をくっつけて新しい言葉を作る時、2番目の語頭に濁点が入ることがある。「うさぎ+み」が「うさぎ+み」になるのが良い例だ。他にも「おむつえ」「ふうふんか」「おやころ」「いたさみ」など、例は沢山ある。 

このように、音が何かのきっかけで変化することを「音韻変化」と呼ぶ。ちなみに、「くみ」が「ぐみ」になる音韻変化には「連濁れんだく」という名前がついていて、数多くの研究者が連濁の研究に人生を捧げてきた。かの国学者・本居宣長も著書『古事記伝』の中で言及しており、この現象に関する考察は平安時代からなされているようだ。 

幼稚園時代の娘は、連濁をまだ自分のものにしていなかった。だから「ぐみ」の濁点が連濁によるものだと気づかず、「くみ」を「ぐみ」のまま認識してしまったのだろう。最近の若者たちだって「○○ばえ」という単語から「ばえる」という動詞を作ってしまったことを考えると、娘の行動に不自然さはない。 

逆に、私は幼稚園の時に連濁をものにしていたようだ。母親によると、「すりち」と聞いて「その『ち』刺すの?」と聞き返したらしい。「すりばち」の「ばち」の濁点は、連濁由来だと気づき、「ばち」から濁点を取って「はち」に変換したのだ。我ながらあっぱれである。意味は間違えているし、娘に比べて可愛げはないが。 

ともあれ、娘のおかげで連濁という現象が説明できた。言語学者の父としては大変嬉しい。ちなみに、下の娘の名前は「実月」と書いて「みづき」と読む。「みつき」と連濁しない読み方も可能だったが、言語学者夫婦は連濁させる発音を選んだ。 

「いっぴき」「にぴき」 


もう1つ例を挙げよう。「いっぴき」「にき」。これも破壊力抜群の言い間違いだが、うちの娘は二人とも同じ道を通った。

にぴき


「ひ」と「ぴ」には、不思議な関係があって、「ひ」の前に「っ」がつくと「ぴ」に変化する。逆に、「っ」がついてないと「ぴ」は「ひ」に戻る。これは「は行」と「ぱ行」全体に言えることだ。以下の例を見ると、この音韻変化がわかる: 

ハ行         パ行 
ん(日本)    にっん(日本) 
しゅくい(祝杯)  べっい(別杯) 
こうん(興奮)   はっん(発奮) 
こうん(後編)   いっん(一遍) 

この規則をまだ習得していなかった娘たちは、「いっぴき」から「いっ」を剥ぎ取り、素直に「2」に「ぴき」をつけて「にぴき」と呼んだわけだ。可愛いではないか。  


妻の観察メモ。娘は当時もうすぐ4歳。

「さんぴき」 

「いっぴき」「にぴき」の次は、「さんき」である。大人は、「さんき」と濁音を用いる。ここに、もう1つの音韻変化が潜んでいる。主に大和言葉に見られる現象なのだが、「ん」の後の破裂音には濁点がつきやすい。 

この現象は過去形を作る時にも観察される。英語の過去形の作り方は、学校の授業で意識的に教わるので、よく知っているかもしれない。しかし、日本語の過去形の作り方を意識的に説明するのは案外難しい。まずは以下の例を考えてみよう: 

現在形 過去形
おきる おきた
たべる たべた
こえる こえた


現在形
過去形にはそれぞれ「る」「た」をつけることがわかる例えば、「おき」が動詞の語幹活用で変化しない部分)で、「る」をつけると現在形、「た」をつけると過去形ができる。ここまでは単純。しかし以下の例どうだろう 

現在形  過去形
しぬ[ɕinu] しんだ [ɕinda] ([ɕ]=”sh”)
かむ[kamu] かんだ [kanda]
やむ[jamu] やんだ [janda] ([j]=”y”) 


まず左列の現在形の3つの例から共通要素を抜き出すと、現在形を表すのは、「る」ではなく[u]で、「死ぬ」の語幹は[ɕin]だ。そして、右列に目を向けると、過去形を表すのは「た」ではなくて「だ」である。このように、「た」の前に「ん」が来ると、濁る。「3+ひき」が「さんびき」になるのも同じ。しかし、娘たちはまだそれを知らず「さんき」と言った。 

ちなみに、「かむ」の語幹は[kam]だが、[ta]とくっつけると、[m]が[n]に変化する。これもまた音韻変化の1つである。鼻音は後に子音が続くと、後続する子音と調音点が一致する。日本語の過去形を作る時、ここで紹介したもの以外にも様々な音韻変化が起きる。興味がある人は、自分を観察対象としてどのような変化が起きるのか考えてみるのも勉強になるだろうアイコン。 

音は環境によって変化する   

つまり娘たちが浮き彫りにしてくれているのは、こういうことだ。「同じ音」であっても、周囲にどんな音や語があるかによって発音が変わることがある。「くみ」は前に何か単語がつくと「ぐみ」になる。「ひき」は前に「っ」がつくと「ぴき」になり、「ん」の後では「びき」になる。これらは全て「音韻変化」の例だ。言語を習得するには、その言語の音韻変化も身につけなければならない。 

そして、子どもたちの言い間違いのおかげで、「私たち大人は、日本語の発音について、こんなにも詳しく知っている」ということに気づかされる。私たちは、「ひ」と「ぴ」の関係や連濁など、自分が(無意識的に)知っているということを(意識的には)知らない。この発見の驚きこそ言語学の醍醐味と言っても過言ではない(かもしれない)。 

ハ行の謎、ここで明らかに 

さて、プリキュアの記事で保留していた疑問に今ここで答えよう。以前、「フローラ」の「フ」は両唇音だが、「ハッピー」の「ハ」は両唇音ではない、という話をした。これも音韻変化の好例だ。日本語の「ハ」の子音は、普段は声門で発音される[h]なのだが、「う」の前、つまり「フ」の時は両唇音([ɸ])に変化する。「う」で両唇が丸まるので、その丸まりが直前の子音も丸めてしまうのであろう。 

「ひ」も同様だ。日本語の「ひ」は[hi]ではなくて、[çi]と発音される。「は」と「ひ」の口をして、息を吸い込んでみよう。冷たくなる部分が違うのが感じられる。[i]は硬口蓋付近で発音されるので、[h]の音が[i]に引っ張られて、硬口蓋音に変化してしまうのである。 

音声学とーちゃんが、その言い間違い、解説します!

「あたしの“ぐみ”」や「にぴき」「ふみちり」など、お子様のかわいい言い間違いを募集します。「#我が子のかわいい言い間違い」をつけてTwitter上でつぶやいて頂けたら、音声学とーちゃんができる限り解説します! そして許可を頂ければ、興味深い例は連載でとりあげさせていただきます。掲載OKという方は、#掲載可 もつけてご投稿ください。

本日の妻からの一言

先日、小学校にあがって少し大人びてきた上の娘に「もう私の過去の言い間違いを使い続けるのを止めて」と言われてしまいました。夫婦共々落ち込みました。

今日は娘からも一言


私:「にく」の「に」って数字の2なの? 
娘:うん。 
私:じゃぁ「く」って何? 
娘:「くう」の「く」。 

完敗です。 

今回のクイズ 

以下の例ではなぜか連濁が起こりません: 

たから+
まち+
きつね+
おお+かげ 

それぞれの2番目の単語に注目してみましょう。何か法則が見つかるでしょうか。 
  

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著者略歴

  1. 川原繁人

    1980年生まれ。1998年国際基督教大学に進学。2000年カリフォルニア大学への交換留学のため渡米、ことばの不思議に魅せられ、言語学の道へ進むことを決意。卒業後、再渡米し、2007年マサチューセッツ大学にて言語学博士を取得。ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て、2013年より慶應義塾大学言語文化研究所に移籍。現在准教授。専門は音声学・音韻論・一般言語学。研究・教育・アウトリーチ・子育てに精を出す毎日。著書に『音とことばのふしぎな世界』(岩波科学ライブラリー)『「あ」は「い」より大きい!?:音象徴で学ぶ音声学入門』(ひつじ書房)など。

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