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音声学者とーちゃん、娘と一緒に言葉のふしぎを見つける

音声学者とーちゃん、さらに「名付け」を語る

メイド名研究、世界に広まる

ソクラテスはクサンティッペという悪妻を持ち、自らの哲学を深めた。私も妹カフェでナプキンを投げつけられ閃きを得た。アルキメデスのように「エウレカ!」と叫んで秋葉原の街を走り抜ければよかった。ま、そうしたら妻とは結婚してもらえてなかっただろうけど。

そんなこんなで「共鳴音=萌え」「阻害音=ツン」という仮説にたどり着き、最終的にはメイド喫茶を貸し切って実験するまでに至った。一方、私のメイド研究が火種となって、海外では「名前によって印象が変わる」という研究が盛んになってきた。

心理学では、人々の性格を捉えるために6つの要素で構成されるHEXACOという指標を用いる。ある研究では、この指標を用いて名前が性格印象に与える影響を分析した。

Honesty/Humility 謙虚さ
Emotionality 感受性
Extraversion 外向性
Agreeablaness 協調性
Conscientiousness 勤勉性
Openness 好奇心、創造性


共鳴音名(「やよい」)は、「感受性が強く」「協調性が高く」「勤勉である」と判断されやすく、阻害音名(「さつき」)は、「外向的」だと判断されるらしい。また、女性名では共鳴音の名前が好まれやすい。

また別の研究では、音象徴的に「女性っぽい」名前を持つ女性や「男性っぽい」名前を持つ男性は、そうでない人に比べて「仕事で成功しやすい」とまで判断されてしまうことが示された。このような結果を考えると、名前の音象徴は侮れない。ただまぁ繰り返しになるが、名前に込める思いはそれぞれなので、音象徴だけにこだわるのもどうかと思う。

現在、音象徴は「ブランドネームの開発」「スポーツ指導」「教育」など様々な場面で応用できるのではないかと考えられ、研究が進んでいる。また、友人のボイストレーナーも音象徴を指導に取り入れている。音象徴研究は、音声学を社会的実利のために有効活用できる1つの道として捉えることができそうだ。

そしてAKB48へ

咲月の将来の夢は……週に1回くらい変わる。ほら、この原稿を書いていている今も、横から「あたし、メイドさんになろうかな……」とつぶやいてきた。そうそう、しばらく前になるが、研究職を薦めたときは、「アイドルになるからいい」と言っていた。そうか、ならばとーちゃんは、せめてアイドル名を言語学的に分析して、君の将来に備えよう。 

まず気になった名前は「ぱるる」である。本名「島崎遥香」さん。「は」を可愛いプリキュア音である「ぱ」に変えつつ、「る」を繰り返すという、音象徴の専門家がアドバイザーについたのではないかと思うニックネームである。

というわけで、他のAKB48系列のアイドルのニックネームも調べてみた。

「ぱる」「まなまな」「みゆみゆ」「かよん」「みるん」

繰り返しは可愛らしさを喚起するが、やっぱりAKB48のニックネームにも繰り返しが多い。しかしである、なんでもかんでも繰り返せばいいという訳でもなさそうだ。上のリストとにらめっこしてほしい。

そう、繰り返されているのはほとんどが共鳴音で、阻害音は滅多に繰り返されない。とある学生が、AKB48グループファン有志で運営されている「48pedia.org」に載っている300人近いメンバーのデータをチェックしてくれたので間違いない。娘たちがアイドルを目指すことになったら教えてあげよう。可愛いアイドルのニックネーム、鍵は「共鳴音の繰り返し」だ。

この学生が分析をおこなったのは、2017年だ。AKB48系列グループのメンバーはめまぐるしく変わる。自由研究のテーマにお勧めである。アイコン

ジェンヌを目指す君へ 

しかし、目指すのはアイドルとは限らない。タカラジェンヌの狭き門を狙うことになるかもしれない。やはり音声学者とーちゃんとしては予習が必要だろう。ご存じの通り、宝塚歌劇団に所属する人は全員、生物学的には女の人だ。そんな宝塚だから、名前は宝塚世界における性別を表しているかもしれない。

361名分のデータを分析したところ、やはり娘役の名前に共鳴音が多い。それだけでなく、名前に含まれる共鳴音の数が増えれば増えるほど、その名前が娘役である確率が上がるという非常に綺麗な結果が出た。



宝塚名における「名前に含まれる共鳴音の数」と「女性名に使われる確率」の相関

本当に丸い共鳴音

まとめると、「阻害音=とげとげ、ツン、男性的」「共鳴音=丸い、優しい、女性的」という連想が働く。この連想は、これらの音の音響的特徴から派生している可能性がある。下の図は、それぞれ[t], [s], [n], [w]と発したとき、どのように口の周りの圧力が変化するかを示している。上段の[t]と[s](阻害音)は文字通りツンツンしており、下段の[n]と[w](共鳴音)は比較的丸い(ツンツン度が少ない)形をしている。音の音響的な形が、それぞれの意味に繋がっていると考えられるのだ。



阻害音と共鳴音の音響波形

さて、共鳴音については十分語らせてもらった。次のテーマは「濁音」だ。



●本連載は大幅加筆、改題のち書籍化いたしました(編集部) 

 

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著者略歴

  1. 川原繁人

    1980年生まれ。1998年国際基督教大学に進学。2000年カリフォルニア大学への交換留学のため渡米、ことばの不思議に魅せられ、言語学の道へ進むことを決意。卒業後、再渡米し、2007年マサチューセッツ大学にて言語学博士を取得。ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て、2013年より慶應義塾大学言語文化研究所に移籍。現在准教授。専門は音声学・音韻論・一般言語学。研究・教育・アウトリーチ・子育てに精を出す毎日。著書に『音とことばのふしぎな世界』(岩波科学ライブラリー)『「あ」は「い」より大きい!?:音象徴で学ぶ音声学入門』(ひつじ書房)など。

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