朝日出版社ウェブマガジン

MENU

リベラルアーツの散歩道 ― 外国語と世界を歩く

「アルテス・リベラレス」から「リベラルアーツ」へ

近年ビジネス本などでも目にする「リベラルアーツ」の在り方を解きほぐし、「リベラルアーツ」として「外国語」を学ぶ意味を探っていく、東京大学の「教養」を長年見つめてきた筆者ならではの本連載。リベラルアーツという言葉にもやもやしている方も、「英語」だけが外国語で正義なの?ともやもやしている方も必見です

 

 誘われるがままにリベラルアーツの散歩道に踏み出してはみたものの、まだなんとなく視界がぼやけていて、風景がはっきり見えてこないという人もいるでしょう。そこで今回は、この言葉の歴史について少し見ておきたいと思います。ややむずかしい言葉も出てきますが、しばしおつきあいください。

 リベラルアーツliberal artsという英語の語源は「自由学芸」を意味するラテン語、アルテス・リベラレスartes liberalesです。そしてさらにその起源をたどれば、古代ギリシアの哲学者、プラトンにまでさかのぼります。

 プラトンが理想とした教育は、ギリシア語で「パイデイア」といい、もとは子どもの教育を指していました(「教育学」を意味するpedagogyの語源です)。その主眼は、生産労働に直接役立つ知識を授けることではなく、奴隷ではない「自由市民」が社会の指導的役割を果たすにふさわしい人間になれるよう、その人格を総合的に磨き上げることでした。まさに今日言うところの「教養人」の育成に重きが置かれていたわけです。

 紀元前1世紀のローマの思想家、キケロがこうした伝統にラテン語でartes liberalesという名称を与え、これがやがて「自由7科」として体系化されて、中世ヨーロッパの中心的な教育理念となりました。その具体的な内容は、文法、修辞学、論理学、算術、幾何、天文学、音楽の7つで、前の3つが言語系、後の4つが数学系に相当します。

自由7科

 こうして確立された「アルテス・リベラレス」が英語に入って「リベラルアーツ」となったわけですが、これがもともと、人間が生産労働から解放された自由市民であるための教養を指していたという歴史から考えると、「リベラル」という形容詞は単に「自由な」という意味だけでなく、「人を自由にする」、すなわち「解放する」liberateという動詞的な意味をもっていると考えられます。

 つまりリベラルアーツとは本来、人間を種々の制約から解き放って自由にするための知識や技能を意味する言葉なのです。

 では、私たちはいったい何から解放されなければならないのでしょうか? 逆に言えば、私たちはいったい何に拘束されているのでしょうか?

普段は意識されなくても、私たちはさまざまな制約に囲まれて生きています。そして外国語を学ぶことの意味も、最終的にはこれらの制約から自分を解き放つことにあるのだと私は考えています。次回からはこの問題を具体的に考えてみることにしましょう。

 

第四回  教養は「量」ではない ―— 1つ目の「制約」はこちら

 

 【お知らせ】

昨年5月に中部大学にて行われたシンポジウム「リベラルアーツと外国語」が

一冊の本になりました!

著者司会のもと鳥飼玖美子先生/小倉紀蔵先生/ロバート キャンベル先生を迎え行われた

刺激的なシンポジウムだけでなく、9名の豪華識者による論考も必見です。

 『リベラルアーツと外国語』水声社刊 (2月中旬発売)

くわしくは水声社新刊・出版情報ブログをご確認ください。

バックナンバー

著者略歴

  1. 石井 洋二郎

    中部大学教授・東京大学名誉教授(2015-19年春まで副学長をつとめる)。専門はフランス文学、フランス思想。
    リベラルアーツに関連した著作に『大人になるためのリベラルアーツ: 思考演習12題』『続・大人になるためのリベラルアーツ: 思考演習12題』(ともに藤垣裕子氏との共著、東京大学出版会刊)、『21世紀のリベラルアーツ』(編著、水声社刊)などがある。

ジャンル

お知らせ

ランキング

閉じる