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リベラルアーツの散歩道 ― 外国語と世界を歩く

アインシュタインとイチロー

 近年ビジネス本などでも目にする「リベラルアーツ」の在り方を解きほぐし、「リベラルアーツ」として「外国語」を学ぶ意味を探っていく、東京大学の「教養」を長年見つめてきた筆者ならではの本連載。リベラルアーツという言葉にもやもやしている方も、「英語」だけが外国語で正義なの?ともやもやしている方も必見です!

 

 「リベラルアーツの散歩道―外国語と世界を歩く」というタイトルで、今回から連載を始めることになりました。と言っても、もちろん観光案内ではありません。標題に関係する話題をとりあげながら、少しばかり知的な散歩を楽しんでみようという趣向です。

 まずはある日、大学の授業でのこと。それは「科学と宗教」というテーマで自由に話し合う授業だったのですが、神の存在を肯定していた科学者の例としてアインシュタインの話題が出たとき、ある男子学生が手を挙げて、「ちょっと発言してもいいですか。アインシュタインはぼくの人生を変えてくれたんです」と言いました。「ほう、どうして?」と尋ねてみると、「ぼくは本当に劣等生だったんですけど、彼の言葉がきっかけになって、一生懸命勉強して大学に入ったんです。今でもずっと、その言葉を手帳に貼って持ち歩いています」とのこと。

 その手帳を見せてもらうと、「大切なのは、疑問を持ち続けることだ」と書かれた紙が貼ってありました。知的好奇心の重要性を語った名言としてよく知られている言葉ですが、その学生がこれを単なる「知識」としてでなく、自分自身の生き方に関わる「経験」として受けとめていたことに、私は感銘を受けました。

 ところで彼の手帳にはもう一枚紙が貼ってあって、そこには「というのは、できる人にしかやってこない。 超えられる可能性がある人にしかやってこない」という言葉が書かれていました。その学生曰く、「こっちはイチローの言葉です。これもぼくにとって大事なきっかけになりました」。

 アインシュタインとイチロー、なんとも素敵な取り合わせではありませんか。

 この授業は学生同士が討論することを目的とした「リベラルアーツ」の科目として実施されていますが、最初の授業でこの言葉を知っているかと訊いてみたところ、イエスと答えた学生はひとりもいませんでした。でも私が思ったのは、さっきの学生は言葉自体を知らなくても、アインシュタインとイチローを通して、まさにリベラルアーツを実践していたのではないかということです。

 というのも、「いつも疑問を持ち続けながら、知らないことを知りたいと思い、わからないことをわかりたいと思う」ことがリベラルアーツの出発点であり、「いま自分が知っていること、わかっていることで満足していたのでは、自分の限界も見えてこないし、乗り越えるべき壁もけっして現れてこない」ことを感じることが、その最も重要なポイントであるからです。次回からはその理由について考えてみることにしましょう。

 

第二回「もそもリベラルアーツとは?」はこちら

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著者略歴

  1. 石井 洋二郎

    中部大学教授・東京大学名誉教授(2015-19年春まで副学長をつとめる)。専門はフランス文学、フランス思想。
    リベラルアーツに関連した著作に『大人になるためのリベラルアーツ: 思考演習12題』『続・大人になるためのリベラルアーツ: 思考演習12題』(ともに藤垣裕子氏との共著、東京大学出版会刊)、『21世紀のリベラルアーツ』(編著、水声社刊)などがある。

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