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リベラルアーツの散歩道 ― 外国語と世界を歩く

広角レンズのように見渡す力 ―4つ目の「制約」

 近年ビジネス本などでも目にする「リベラルアーツ」の在り方を解きほぐし、「リベラルアーツ」として「外国語」を学ぶ意味を探っていく、東京大学の「教養」を長年見つめてきた筆者ならではの本連載。リベラルアーツという言葉にもやもやしている方も、「英語」だけが外国語で正義なの?ともやもやしている方も必見です!

 

 これまで知識、経験、思考という3つの限界について見てきました。残るのは「視野の限界」です。といっても、これは読んで字の如くで、自分の目に映っているものにはしょせん限りがある、だから広角レンズのように周囲を見渡す力をつけることによって、これまで見えていなかった風景を少しでも多く見えるようにしていかなければならない、ということに尽きます。

 ここで外国語学習に話を移すと、それがここまで見てきた「4つの限界」のすべてに関係しているということがおわかりでしょう。母語しか知らない人は、外国語で話されたことや書かれた文章が理解できませんし(知識の限界)、外国に行く機会があってもその土地の人と意思疎通することができません(経験の限界)。また、外国語による考え方の筋道が理解できませんし(思考の限界)、外国語圏の人たちがどんなことを考えているかも目に入りません(視野の限界)。

 つまり外国語を知らない人は、普段はあまり意識することがなくても、四重の不自由さに取り囲まれているわけです。だからこそ私たちは、新しい言葉を覚えることによってそうした制約を乗り越え、広く世界に向けて自分を開いていかなければならない。その意味で、外国語を学ぶことはまさにリベラルアーツの重要な一部であると言えるでしょう。

 ただ、理屈はわかったとしても、本当に「自由」を感じられるほどに外国語ができるようになるまでにはいろいろな困難が待ち受けているのも事実です。実際に勉強を始めてみると、とにかく覚えなければいけないことが多すぎて、とても「限界からの解放」なんてきれいごとは言っていられない、という人も多いのではないでしょうか。

 言語によって違いはあるでしょうが、たいていの場合、その原因はいわゆる「文法」にあるように思われます。

 じっさい、私が長年教えてきたフランス語の場合でも、面倒な動詞活用が覚えきれずに挫折してしまった学生は少なくありませんし、代名詞の複雑な用法がネックになってやる気をなくしてしまった例も数多く見てきました。だから文法学習から始めるのは間違っている、まずは「習うより慣れろ」で、理屈抜きで文のパターンを反復練習したほうが効果的だという意見もしばしば耳にします。

 私は語学教授法の専門家ではありませんから、学習法の優劣についてあれこれ述べるつもりはありません。ただ、外国語学習における「文法」については、もう少し掘り下げて考えてみる必要がありそうです。次回はこの問題をとりあげてみましょう。

 

第八回 「文法は「悪」か?」はこちら

 

【お知らせ】
昨年5月に中部大学にて行われたシンポジウム「リベラルアーツと外国語」が
一冊の本になりました!
著者司会のもと鳥飼玖美子先生/小倉紀蔵先生/ロバート キャンベル先生を迎え行われた
刺激的なシンポジウムだけでなく、9名の豪華識者による論考も必見です。
『リベラルアーツと外国語』水声社刊 
定価2750円 ISBN978-4-8010-0626-3

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著者略歴

  1. 石井 洋二郎

    中部大学教授・東京大学名誉教授(2015-19年春まで副学長をつとめる)。専門はフランス文学、フランス思想。
    リベラルアーツに関連した著作に『大人になるためのリベラルアーツ: 思考演習12題』『続・大人になるためのリベラルアーツ: 思考演習12題』(ともに藤垣裕子氏との共著、東京大学出版会刊)、『21世紀のリベラルアーツ』(編著、水声社刊)などがある。

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