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何を読んでも何かを思い出す

スジャータと潮騒

 会社の近くにある食堂で、食後に紅茶をたのむとスジャータが付いてくる。珈琲や紅茶にそそぐ、あの小さな液体ミルクだ。ふたに花言葉がデザインされた〈新・誕生花シリーズ〉には、366日分の花言葉が記されているという。2月4日の花は〈ブルーデージー〉で花言葉は〈協力〉、6月6日は〈ジギタリス〉で〈熱愛〉だった。

 ふたをめくるたびに誰かの何かの日付かもしれないと記憶を巡らせてみるけれど、スジャータをそそげばたぶんもう忘れている。が、スジャータを手にするごとに同じ一連をくりかえしていると気がつき、この無名な時間のことをはじめて考えた。正午の食堂でわたしがスジャータのふたをめくりながら、他人の生まれた日を思い出そうとしていることを誰も知らない。言葉にならなければこの思索と、思索のための時間はどこへいくのだろう。

 

 かなしい、と思ってから〝悲しい〟と名付けるまでのあいだに、いつもわずかな無名の時間がある。やわらかな球体のような狂おしさは、名付けた途端に喉から胸のあたりまでを走り抜け霧散する。いまのこの悲しみはたしかに自分から生まれた感情のはずなのに、「悲しい」と口にしたそばから、借り物の地図で最短距離をたどっているような気分になる。あの無名の時間を、どうにかしてもう少し引き延ばせないものだろうか。人の数だけ悲しみがあるというのはまぎれもない真実なのに、その常套句的な言い回しも、言葉の意味を平気で記号化していく。

 

 バラエティ番組の大きなテロップを読んだ5歳の子どもが、「フラれるってどういうこと?」と聞いてきた。好きな人から友だちのままでいようって言われることかな、と反射的に答えたが、そもそも恋愛感情を含む〝好きな人〟のあり方が伝わらないし、〝友だちのままでいよう〟というのは5歳にとって最上の親愛の表現ではないかと思いなおして、好きな人に好きだっていう気持ちが伝わらないことかなあ、と言いなおした。どう説明するのがよかったのかわからない。子どもがその言葉の存在を、はじめて認識する瞬間には数えきれないほど立ちあってきたが、真っ先に教えるのがこの意味でよいのかというのはつねに自問する。なつかしいってどういうこと? かなわないってどういう意味? まずはすべての言葉にありふれた意味があるということを、ありふれた先人として説明しなければならない。言葉の意味を知った者だけがいつか、〈言葉なんかおぼえるんじゃなかった〉と詩人のように言えるはずだから。

 

 引っ越しのために転園する同級生が保育園にいて、子どもになかなかその話を切り出すことができなかった。引っ越しの一週間ほど前になってとつぜん、「○○くん、お引っ越しするんだって」と子どもが話し出したので、そうか、さみしくなるねと答えたのだが、まだそのときは引っ越しとお別れが結びついていなかった。いいなーお引っ越し、と新しい家をうらやましがっていた。

 転園の前夜、いつものように布団で絵本を読み、寝かしつけまでの段取りを済ませたが、天井のナツメ球をまっすぐに見つめて動かない。しばらくしてからクシャッと顔をゆがめ、「もう、○○くんに会えないの?」と声をあげずに涙を流した。会えないわけじゃない、元気でいればまた会えるよ、と言い聞かせたけれど、そういうことではないとわかっている。同じ保育園の教室で、あたりまえのように会えるのは明日が最後だ。そして子どもはすぐ新しい日常に慣れる。

 それでもあの夜、渦巻く感情になんとか折りあいをつけようと、暗闇で小さな灯りをじっと睨んでいた5歳の横顔は忘れないと思う。あのときどんな言葉が、子どものなかに生まれては消えていったのだろう。

 

 子どもを生んでから2か月ほど、ご多分にもれず精神的に不安定だった。そのときよく苛まれたのは、なぜ有限のものを生みだしてしまったのかという思いだった。いまは生まれたての子どももいつか死ぬ。やがて終わる生き物を、なぜわたしはわざわざ生みおとしてしまったのだろう。

 負のループから抜け出すために見つけたのは、夏の高校野球だった。録画した甲子園の映像を深夜に眺めると、そこが昼間の窓になり気が晴れた。グラウンドを躍動する球児たちの健康的な姿も、そのときは疲弊した身体にしみわたった。産後に高校野球を録画していたことを告白すると、かなりの確率で失笑されるのだが、いまでも2014年第96回大会に関してなら、いくつもの試合を思い出せる。録画の契機になった1回戦の大垣日大(岐阜)対藤代(茨城)の8点差逆転は、文字どおり手に汗にぎる戦いだったし、大阪桐蔭(大阪)対三重(三重)の決勝戦は、三重が安打数を上回っていたにもかかわらず、強豪の大阪桐蔭に1点差で負けてしまった。最後までどちらが勝つかわからなかった。

 

「潮騒」のページナンバーいずれかが我の死の年あらわしており      大滝和子

 本を読みながらふと、自分の享年をあらわすページの数を夢想する。そしてそれはただそれだけのことだ。やがてページを繰れば意識は物語にかえっていくし、自分が何歳で死ぬかはわからない。わたしが死んでも目の前の本はこの世界に残る。死んだわたしがああこのページかと、答え合わせできたら面白い。

 

 

 母はわたしが生まれる前からわたしを恋しがっていた、という印象的なエピソードではじまる、オルガ・トカルチュクのノーベル文学賞受賞記念講演「優しい語り手」(『世界』2020年3月号)をくりかえし読んでいる。

〈「まだ生まれてないのに、どうして、わたしが恋しいの」わたしは尋ねます。「だれかがいなくなったら、恋しいって言うでしょ。恋しいって、いなくなってから思うものだもの」「でも、逆もあるのよ」母は答えました。「もしもだれかを恋しく思うなら、そのだれかは、もういるのよ」〉

 この会話から著者は、「わたしは」という一人称の物語る力と、「わたし」という存在を通常の世界からはるかに引き上げるような〈優しい語り手〉のモチーフを授かったと語る。わたしは子どもに何を授けることができるだろう。

 

スジャータの表面張力にも夜がきてほんとうにあるのかな海      大塚真祐子

 

 

 

 

 


『何を読んでも何かを思い出す』  大塚真祐子

言葉で何かを思い出すとき、目の前の日常は意識の裏に隠れるけれど、消えたわけではない。ただ、自分の身体がどの地点にあるのかわからなくなって、ふたたび言葉を手がかりにする。日々はそうしてめぐる。読むこと、書くこと、女性として生きるということなど、言葉をとおして見えた景色を綴ります。

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著者略歴

  1. 大塚真祐子

    東京郊外の書店での勤務を経て、2006年より三省堂書店で勤務。人文書、文芸書などを担当。現在『本の雑誌』にて、「新刊めったくたガイド」の、日本文学の紹介ページを連載中。

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