事件に向き合い続けた韓国女性たち
#n番部屋事件 #n번방 사건 #デジタル #디지털
皆さんの「そうそう!これ、聞きたかったぁ~」に答える連載『マニマニ教えて!今の韓国ヨギヨギ~(たくさん教えて!今の韓国こっちこっち~)』です。韓国で、または日本で韓国関連分野を研究している先生たちが今の韓国についてやさしく解説してくれます!韓国語版おまけ付きで、言葉の勉強もできるなんてチョアヨ(素敵です)>_< 連載を読み終える頃には、あなたも韓国通になっているかも?!
第16回も、飯倉江里衣先生(神戸女子大学)です。前回にひきつづき韓国におけるフェミニズムについて、今度は実際に法制化へと社会を動かした草の根の運動について教えていただきます。
執筆者: 崔銀景 河正一 飯倉江里衣
金根三 朴天弘 鄭敬珍
皆さんは「n番部屋事件」を知っていますか。本事件は、「テレグラム」という通信アプリを利用して課金制のチャットルームを開設し、26万人ほどが、未成年者を含む女性の性的搾取物(写真・映像)をシェアしていたという、韓国で起きたデジタル性暴力事件です。2020年2月以降に加害者が多数検挙され、主犯格2名はいずれも30年超の懲役刑を言い渡されました。
加害者検挙の背景には、「被害者をこれ以上増やすことはできない」と事件に向き合い続けた多くの女性がいました。なかでも、女子大学生の取材チーム「追跡団炎」は、「プル[1]」と「タン」という通称を用いてチャットルームに潜入して犯人の証拠を集め、事件を告発する役割を果たしました。また、何よりも事件が公になったのは、被害者女性が苦しい時間を耐え抜いて被害を世間に知らせ、事件の取材や捜査が可能になったからでした。さらに、報道記事が出ると、記事を見た女性が違法なチャットを運営会社に通報するプロジェクトを企画し、参加者を募集して「ReSET」という団体を立ち上げました。「ReSET」は、デジタル性暴力についての法律整備を求める「国民請願[2]」を行い、これに20万人以上の署名が集まりました。徹底的な捜査を求める請願も相次ぎ、警察は大規模な捜査を始めました。
実は、韓国でデジタル性暴力が問題視されたのは、これが初めてではありませんでした。2016年には、デジタル性暴力の温床となっていた当時韓国最大の違法成人向けサイト「ソラネット」を閉鎖させるという運動がありました。この時に大きな役割を果たしたのも、女性たちによる「メガリア」という団体でした。「メガリア」は元々、ネット上に溢れる女性嫌悪(ミソジニー)言説に対抗するためにデジタル・ネイティブ世代の若い女性が集ったオンライン・フェミニスト団体です。彼女たちは、ネット上での女性嫌悪とデジタル性暴力問題が公論化、制度化される前に自分たちで行動をしたのです。
こうした問題は日本にとっても他人事ではありません。韓国のデジタル性暴力の捜査過程では日本の映像も多く発見されており、韓国の加害者が被害者にさせた行為も日本の成人向けビデオを真似たものでした。近年、日本でもそうしたビデオへの出演を望まなかった女性たちの告発により、日本のそれが、実は女性たちの沈黙のうえに成立していたという事実が露呈してきています。韓国での状況は、日本の現実と完全に地続きと言えるのではないでしょうか。
飯倉江里衣(神戸女子大学)
[1] 「プル」は、2022年3月の大統領選挙に先立ち、進歩系野党「共に民主党」の李在明大統領候補の要請を受けて同党の選挙対策委員会女性委員会副委員長を務めることとなり、朴志玹という実名を明かして選挙活動を行いました。選挙敗北後は同党の共同非常対策委員長に起用され、党再建の司令塔となりました。
[2] 韓国では文在寅政権下で2017年8月から、大統領府のホームページに、誰でも自由に請願文をアップし賛同を集めることができる「国民請願」という掲示版が設けられました。30日間に20万人以上の賛同署名が集まった請願に対し、大統領府が公式に答弁を行うことになっています。法律の制定・整備に関しては、2020年4月29日に、性暴力犯罪の処罰等に関する特例法、刑法、犯罪収益隠匿の規制及び処罰等に関する法律、5月20日に、電気通信事業法、児童青少年の性保護に関する法律がそれぞれ一部改正されました。これらの法改正は総称して「n番部屋防止法」と呼ばれています。