平田智也七段の心の一局(4)「取れている石をトル」
総譜101~150
洪先生「白104は我慢の一手でなかなか打てない手です。あえて取らなくても良い所ですが、将来のことを考えて力を溜めています。白108・114など圧迫が見どころです。白20からの捨石作戦も見事で全ては右辺と中央を考えています。惜しみなく捧げることはむずかしいですが思い切った作戦です」
参考図29
平田先生「次の一手(参考図29 白△)が非常に印象に残っている手です」
参考図30
平田先生「参考図30の黒△の3子は、もう取れているじゃないですか。有名な『鶴の巣籠(つるのすごもり)』というやつで、黒1とトンでも白2と割り込んで白6まで取れている。さすがに僕も取れていることはわかったのですが(笑)」
平田先生「あえて白104に一手かけました。取れてたところに一手かけたので、とても印象に残っていました。当時中継があったので見ていた棋士が「ついに平田は『鶴の巣籠』もわからなくなったか」などと話題になったらしいのですが、この手には深い意味がありまして」
参考図31
平田先生「ここで打つなら白Aですが、これは左下隅がすべて黒地になってしまうので悪いかなと。できれば白1と打ちたかったのです。こうすればBなどにヨセる手もありますし、ちょっと味が悪いので、だいぶ地が違うんです。しかし、今すぐ打つのはCのキリとかが残ってて味が悪いので、先に白104の石があれば、黒がなにか手をヌイて来たときに白1とサガればいい。これが理想形だと思ったんです」
参考図32
平田先生「白1とカケツイでも黒△3子は取れているのですが、×印の6カ所はすべて効いていますので、たくさん効き筋があるのは問題かなと、すべての憂いを断つつもりで打ちました」
参加者「その手は直感で打ちましたか。それとも何分か考えましたか?」
平田先生「いや、感覚的にすぐ思いつきました。ただ、この手は見た瞬間に思いついたのですが、ホントにこの手でいいのかな?と考える時間は使いました。悩んだ時間は10分から15分ぐらいです。さすがに笑われるかなと思って(笑) 結局笑われたのですが(笑)」
参加者「虎丸先生はなにか言いましたか?」
平田先生「虎丸は何も言わなかったです。大西竜平君はこの対局を見てたんですが、終わったときに『先生、この手はいい手でしたね。僕は全然気づきませんでした』と言ってくれたので、それはちょっと嬉しかったです」
平田先生「『鶴の巣籠』は囲碁を覚えたてのときに学ぶ手筋ですので、ちょっとどうかなと思ったのですが、それが打てたのがよかった。結果的にはこの手が勝因になってくるので、打てて良かったと思います」
実戦図 黒105まで
平田先生「白から105に打たれると大きいので、黒からはすぐにハネないといけません」
平田先生「虎丸は早打ちなんです。持ち時間は3時間で、僕はこの時点で残り多分3,40分ぐらいしかなかったのですが、虎丸は2時間以上残っている。形勢も良くないし、持ち時間でも負けている、というところでした。
実戦図 白108まで
平田先生「ここは、布石のやり直しみたいなところです」
参加者「虎丸先生は、相手が考えているときはずーっと盤面を見てるのですか。どこか別のところを見ているのですか」
平田先生「ボーッとしているように見えるときもありますが、実際はただ静かにしています。あまり席も立たないし、この対局は和室でしたが、足も崩さず正座でいました。やっぱ対局相手が正座ですとこちらも足を崩しづらいので、僕もずっと正座でガマンしていました(笑)。洪道場は畳(たたみ)ですので、正座はあまり苦にならないのですが、流石に何時間も続くとちょっとしんどくなります。今は椅子対局が増えてあまり和室で打つこともなくなりましたが、虎丸は気にせずに正座でずっと打ってました」
実戦図 白118(△)まで
平田先生「このあたりは、黒△を攻めようと、大きく取ろうと思って打っていました」
参考図33
平田先生「白118は、参考図33の白1もあるのですが、これだと小さいので逃げてくれないのです。黒2なら白3として左右のからみ攻めになるんですが」
参考図34
平田先生「どんどんすてられて黒△の1子は取れますが、こうなると上辺の黒石も攻められないし、右下も大きくなって、これは大差負けします」
実戦図 白120まで
平田先生「AIに(評価を)きいても白118を示していましたし、黒も119を示していました。白120もAIの評価が一番高かった手です。意外にそれなりに打てるものだなと思いました」
平田先生「黒の方がぱっと見、地が多いですよね。白は左上はセキだし、左辺中央に約10目、上辺もその程度で合わせて20目ぐらいと、セキの3目ぐらいしかなく、黒は左下隅だけで白と同じぐらい地があって、右上と右下にもあるので、地は黒の方が多いですよね。ただ、黒は上辺の石がまだ生きていないので、この石をニラミつつ右辺を手にしていこうということです。形勢が悪いときは相手の弱い石にプレッシャーをかけていく、というのが一番逆転しやすいということです」
参考図35
平田先生「白126は参考図35の白5と打ちましたが、参考図35の白1からキメたほうがわかりやすかったです。白5とし、とりあえずこれで隅の地を頑張って、あとでAのキリなどを狙っていく、という作戦が良かったのです」
実戦図 白132まで
平田先生「白132で黒からはAかBのアタリとくるのかなと思っていましたが、実戦の黒133(18の十六)にハワれてちょっと困ってしまいました。」
参考図36
平田先生「参考図36の黒△で右下隅の白は無条件で死んでしまいました」
平田先生「ただ、白番なので、実戦のように白144(参考図36の白1)に打って、隅の白を捨て石にして、右辺の黒を取りに行く方にシフトしたのですが、右下隅の白石をとられて、白は形勢をより悪くしたようです」
平田先生「白118までは僕は悪いと思っていたのですが、実際はまだ難しくいい勝負だったのですが、ここではっきり悪くしたみたいで、この時点で黒の勝率は80%から90%近かったようです」
平田先生「実戦的には、上辺中央の黒はまだ生きていませんし、右辺がそのまま地になれば大きいので、まだまだわかりません」
平田先生「白150と打ったところから秒読みにはいって、虎丸はまだこの時点で1時間半ぐらい残っているので、時間的にはだいぶ厳しいですね」
参加者「虎丸先生最初に10分使ったところ以外は、あとはそんなに使わなかった?」
平田先生「そうですね、黒21の10分が一番長考で、ひたすらはやいんです。普段はなかなか秒読みに入ってくれないので、ここからの頑張りで、この碁は最後は秒読みになりました」
参加者「虎丸先生は劣勢のときは、顔に出ないのですか。あるいは仕草は?」
平田先生「無表情で打ってます。石音もたてないで。こちらがボーッとしてると打ったかどうかもわからなくなる。僕は結構顔に出ちゃうので相手にわかっちゃうと思うのですが、虎丸はいつもポーカーフェイスです」
次回は「最善手を打ち続ける」