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あさひてらすの詩のてらす

薫風の詩たち(21年6月)

先月から投稿を開始しました「あさひてらすの詩のてらす」、今月より投稿作品を掲載いたします。

今月はご投稿いただいた中から、5作品をご掲載。粒揃いの作品たちです。

皆さまからの作品のご投稿もお待ちしております。詳しくはこちらから。


|薫風の詩たち

 

残り
関根全宏


あの⽇の夜、家に帰った僕を出迎えてくれたのは
君ひとりだけだった。僕は⼼のどこかで
それを予想していた気もするけれど、
いざ、君を⽬の前にすると
僕の⾔葉は、もはや使い物にならなかった。


それから仕⽅なく、冷めたチキンを⾷べた。
何の味もしなかった。
だから⼒まかせに黙って⾷べた。
ただの異物でしかなかった。


何かが不⾜していたのだろうか。
それとも過剰だったのだろうか。
ただ、異物が君のからだの中に残り
確かに僕の⼀部にもなり、僕らはそれを
⽉にして闇夜に浮かべ、抱擁することを誓った。

 

 

詩情の定め
関根全宏


晴れた⽇曜⽇だというのに
君が死んだことを知り
あの⽇ 洗濯機は⾳をたてて
急に黙りこんだ


シャツや靴下を濡らしたまま
他のことは覚えていない
ただ その時はじめて
⾃分が異物であることを知った
その定めをなぞるように
今 また⼀篇の詩を書いた


季節は夏
躰が重い
冷たい桃には
齧った跡が残っていた

 

 

空の向こうへ
東野 潤


あの空は 海の⻘に染まったのか
それとも 私たちの
ブルーな気持ちを映しているか


あんなに空が⻘いから
きっと あの向こうには
ほんとうの家がある


あるのだと信じて
私たち ⾶び続けてきた
もちろん 危うさも険しさも想定できる


裏切りは考えなかった
私たち 他者の定めまで
担うことはできないのだから


⻘は虹の向こうで
さらに⻘くなると⾔う
今はもう 明⽇の⾶翔を思う時だ

 

 

今を⽣きよ 年寄りよ
⽥中 はじめ


寄る年波に 負けるな 年寄り
⻘天はなお 向こうに輝いている


ジャック・ナイフのように
専⾨⽤語をカタカナで振り回す
⿊くて妖しい瞳の
若い⼥性に飲み込まれ
訳もわからず
スマホを契約するな 年寄りよ


怒れ 年寄り
おのれの気弱さに怒れ


マシン・ガンのように
データとチャートで狙い撃ちする
若い男性に持ち上げられて
訳も分からず
契約を結ぶな 年寄りよ


怒れ 年寄り
おのれの欲深さに怒れ
いいか 年寄り
今以上に もっといい⽬に遭うことなぞ
もう 決して ないと思い知れ


津波のように押し寄せる⽼齢に慌てず
じぶんの頭で考え
じぶんの⾜で歩く
その⾃負⼼を信じることだ

 

 

空中で
伊東 とも


⾒あげてから 跳ぼうと思う
こんな 春の どこまでも続く
⻘い朝には


体育館シューズの 紐が解けたばかり
くしゃっと丸まった銀紙が 落ちている ⽔溜り


数⽻いた⿃もいなくなってしまった
校庭のまだらなピンクの⽊に
わずかばかりの寂しさが ひっかかって
揺れている


合図のように
ちらちら 光って 誘われるのは⼈体の私
⽬に刺さってくるのは 電信柱たち


いいよ という声もなく
残された⽻⾳が 空中で ふるえるふくらむ

 

 |世話人からの講評

 ・千石英世より

残り

タイトルと第3連の4,5行目の関連がくっきりとしてしていて、印象的です。何か重いものを担った二人がいて、互いに声がでない情況、しかし、声にならない「誓い」は共有されいる、共有された、「誓い」が「残った」。ここに救いを感じます。身を切る思いも、情況も感じます。しみて来ます。

詩情の定め

前作と連作的な一編ですね。「あの日 洗濯機は音をたてて/急に黙りこんだ/シャツや靴下を濡らしたまま」この具体性、素晴らしいと思いました。「冷たい桃には/齧った跡が残っていた」本作ではここに救いを感じます。「齧った」が前作の「誓った」に通じるのだと解しました。タイトルを、具体的な方面に探るのもありでは? これは私の好みを言っているにすぎないですが、、、。

空の向こうへ

第1連、第2連、好きです。第5連、「⻘は虹の向こうでさらに⻘くなると言う」ここも美しい行と思います。「さらに青くなる」と言い切るのはどうですか。でも、これ、私の勝手な間違った感想かもしれません。このままでかえってこの作の思弁性がそなわり、十分伝わってくるのですから。

今を生きよ 年寄りよ

良い詩だというしかない。真っ直ぐで率直で、比喩も効いている。題材もイキが良い。1行目、自分の内面に向かって真っすぐ微苦笑させていただきました。タイトル、「今を生きよ」か「年寄りよ」のどっちか単独ではどうでしょう。いや、余計な感想です。これでいいのだと思います。朗読に適した作ではないかと思いました。そう思うとこのタイトルでいいのだ、と。

空中で

軽々としていて、しかし、悲しい詩。「春」なんだ、春なんだ、春はこのようにカルミを帯びて「空中で」残酷なんだ、と思わせられました。外部世界の捉え方が冴え冴えとしていて「枕草子」的風味を連想します。素晴らしい!

・平石貴樹より
読ませていただきました。「残り」「空の向こうへ」「空中で」が印象に残りました。言葉もととのっていると思います。今の若い人たちは鳥になりたいのだなあ、ということがわかって悲しい後味も残りました。


・渡辺信二より
5篇、拝見。昨今、環境問題が喧しいですが、空はいつまで青いのでしょうか。それでも、上田敏訳「山のあなた」を出すまでもなく、自然の一つである空は、今回の投稿作品でも、彼方であり、気象であり、空気であり、景色であり、なお、冀うべき対象として詩的想像力を刺激します。願わくば、人間のためにも、空は、月や星を擁して、なお、希望でありますように。

  

 

 

挿画:鈴木順三(@pop.suzuki) 

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