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あさひてらすの詩のてらす

野分の詩(21年9月)

メンタリストの差別発言に始まり、オリンピック・パラリンピック東京大会の終焉、突然の首相の辞任発表によって株価は上がり、次の総理選びに与党が右往左往する中、新型コロナウイルスの感染者数は落ち着きを見せないという慌ただしかったこのひと月、みなさまはどのようにお過ごしでしたでしょうか。

今月の「あさひてらすの詩のてらす」には4編の詩が届きました。「野分の詩」です。

 

「野分の詩」

・透きとおる夏の火

・展望階

・歩いて 歩いている

・夜を乗り越えて

 

みなさまからの作品のご投稿も受け付けております。詳しくはこちらから。


 

透きとおる夏の火

麻未きよ 

 

影も隙間もない住宅地
炎天下
家々は地下に根を這わせ
息を潜める

ジェット機が空へ
五輪を描いたらしい
線路沿い
路ばたに脚を投げ出し
パンを食べる人と目があう
くさきは刈られずに生い茂り
朱色の花が揺れていた

暮らしと現実が乖離して
鎮まりかえっている
めくるめくCGか幻想でもなければ
ギャップは
埋められないかもしれない
とめどなく暑い
つめたい均衡を抱きしめる

忘れものに気づき見上げた空は
夏が頂点にきて暗色を帯びている
踏み切り向こうの往来へ
儚いけれど
透きとおるきれいな火が
浮きたつ気がして目を凝らした

 

展望階
麻未きよ

 

ひさしぶりの展望ロビーは
夏雲が浮かぶ青空
あかるい暗幕のようで
隠された何かと
向き合っているように思える

パノラマの街並みは
地平線をはみ出て広がり
ぎっしり詰まった
これがわたしたちなのだと
あまりの大群ぶりに
途方に暮れる

暮らしと活動の痕跡が遺跡ならば
ここが遺跡にみえてくる
幾世代の亡きひとも今あるひとも
砂色のこの街にふりつもり
形跡になっていく
砂粒のようにわたしも
百年の孤独という物語があったけれど
あの交錯は
こういうものでもあるかしらとふと考える

下りエレベーターを待ってふり向くと
ロビーの一部の空間が
しろい余白のように輝いている

 

歩いて 歩いている

伊東とも

 

わたしはずいぶん浮かれて歩いていた

 

春も夏も秋も冬も

どんなときも浮かれて

鳥たちはいつまでも頭上で

飛んでいてくれるようだった

 

時おり

ロマンチックな気持ちになって詩を書いたり

愛とか

宇宙とかについても考えた

 

そして色んなひとと話した

 

それから

いつしか

やってくる死を思うようになった

 

人生が半分 折りたたまれた気持ちになって

首をかしげても

折りたたまれたむこうは見えないもんだから

まあいいかと

 

むこうのわたしは

 

はっきりと ひとりだった

 

わたしは浮かれて歩きつづけたい

頭のなかを薔薇色にして

ピンク色の可愛らしいやつでいっぱいにして

 

今日も誰かにこんにちはと言って

わたしはひとりじゃないと

そんなあたたかさのなかに歩いている

そうやって 歩いて 歩いている

 

夜を乗り越えて

関根全宏

 

カラスが屋根の上をコツコツと歩く音で

目を覚ました。朝はまだ早い。

外は少し白みはじめていた。

誰もいないリビングに大きな窓。

カゴにあるグレープフルーツ。

秒針のない時計。

昨夜食べた味のないチキン。

ナイフとフォーク。沈黙。

 

月はまだ出ているだろうか。

コーヒーを手に、僕はぼんやりと考える。

これまでの人生に、どれほどの間違いが

あっただろうか。もちろん、

後悔することはあった。けれど、もう一度

この人生をやり直すことができるとしたら

僕は、同じ場所にいるのだろうか。

多分、確率は五分五分だ。でもまあ、いいさ。

どこにいたって。

こうして夜を乗り越えていくだけだ。

 

冷蔵庫が低く唸り、氷が落ちた。

鼻から息をゆっくりと吐きだす。

新聞配達のバイクが、いつも通り十字路で

朝7時のクラクションを一度だけ鳴らした。

僕は分かっている。それが一日の始まりを告げる

一人分の孤独の合図だということを。

 

 

 

|世話人からの講評

 ・千石 英世より

〈透きとおる夏の火〉

  以下の所、深いポエイジーを感じます!

 「 炎天下/家々は地下に根を這わせ/息を潜める」

 「 とめどなく暑い/つめたい均衡を抱きしめる」

 「 見上げた空は/夏が頂点にきて暗色を帯びている」

〈展望階〉

  以下の所、素晴らしい!
「青空/あかるい暗幕のようで/隠された何かと/向き合っているように思える」

「街並みは/地平線をはみ出て広がり/ぎっしり詰まった/これがわたしたちなのだ」

  以上2編とも

  詩の思いの展開が独自のものがあり、重みもあり感心します。

 

〈歩いて 歩いている 〉

 このタイトルと最終行、素晴らしい詩句で、ほれぼれもします、かぶるのが惜しい!

 でも基本オーケーで、軽やかで好もしい作とおもっています。また、詩に込められた思いもとても面白いと感じます。

 とくに以下の所、素晴らしいです!

 「頭のなかを薔薇色にして/ピンク色の可愛らしいやつでいっぱいにして」

 

〈夜を乗り越えて〉

  全3連の作、連の展開に説得力あると思いました。どういえばいいのか、何か中間にいる感じ! 伝わってきます。

  この感じ、作品にするのは簡単ではないと思いますし、ある程度の散文性がないと出ないのだと思いますし、実際、作がそうなっていることになっとくですが、各連、各1行か2行減行すればどうなるか、と思いました。読者の勝手な空想としてこの僭越、お見逃しください。

 

・平石貴樹より

「透きとおる夏の火」:いいですねえ。あと1行足りない気もするけど。

「展望階」:もっとまとまっています。ただ「百年の孤独」うんぬんの一節はやや余計かも、と思いました。

「歩いて歩いてる」:とてもすなおで好感がもてます。

「夜を乗り越えて」:すっきり読めました。恋人と別れた次の朝、ということでしょうか。

 

渡辺信二より

愛と死が詩の最初の主題であり素材であるなら、この4篇は、まさしくその中心に位置する。

人は、死を意識して生きる。それが過去への遡及なのか。未来への冒険なのか。

人は、死者を含めて、他者と共に生きる。それが依存か、共生か。あるいは、幻想か必須か。

人は、必ず、一人で生きる。それが辛い孤立なのか。楽しい自立なのか。

自己検証された詩人の感性が、それぞれ、言葉に出現している。

 

 

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