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あさひてらすの詩のてらす

冬菫に添える4篇の詩(23年1月)

書店の棚の移り変わりを見ていると、昨年は戦争や宗教に関する本が増えた一年だったと感じます。そして、巷ではコロナウイルスとの共存を図るべく舵を切りましたが、いまだに出口は見えて来ないようです。今月掲載するのは、そんな一年の最後、あさひてらすの詩のてらすに届いた4篇の詩です。

タイトルは「冬菫に添える4篇の詩」、下記に一挙掲載します。


 

冬菫に添える4篇の詩

・間(あわい)

・「炭酸水」

・「サムギョプサル」

・無題

 

間(あわい)

関根全宏

 

墓穴に入ることは わびしい

あなたとの記憶

死体に刻まれたかすり傷のような

記憶の擦れが

開かれた墓穴の入口のまえで

ひりひり疼く

 

私があなたを弔う

あるいはあなたが私を

弔いは返される

風は断えた

深みが増す

たちつくすひとつの影が

地におちる

痛みにゆれ

骨がきしむ

ひき返すすべはない

もどる場所もない

 

この墓石のしたの薄明のなかで

死者と賑わおうとも

生きるものの涙の ひと雫の波紋が

暗い眠りのなかでゆれようとも

ただ待つだけだ

閉じられた入口が

ふたたび開かれるのを

ざらついた暗い空と

さらに暗い空とのあわいで

強いられる忘却のなか

落日をかぞえながら

それもまた わびしい

 

 

「炭酸水」

雪藤カイコ

 

テーブルの上、気の抜けた炭酸水が呆けている

 

散らかった祝いの残骸

太陽に透ける私の髪

薄く塗られた爪

おもちゃの指輪

女でいる意味

私の価値

 

ぼんやり思い出す記憶とあの人

 

体だけを捧げたゴミ箱の中

好きと言えなかった昨日は

いつまでの未来になるかな

 

食べきれなかったケーキ

生クリームに蠟燭が倒れている

たくさん笑って たくさん食べて

たくさんの感情 今頃溢れてくる

緊張が途切れ涙が流れた

 

紙コップに残っていた炭酸水

かすかな刺激が舌の上で甘ったるい

 

 

「サムギョプサル」

中村友紀

 

海辺の街から来た君は

シーフードは苦手だという

海辺でも山の方だから、と

今日も好んで肉を食べる

 

肉がたちまち君の血となり

君という人を作るのだと思うと

ちかごろ肉を

とても好ましく思うようになった

特に

君の一番好きだという豚肉を

 

君はよく笑う

軽やかな音階で

ころげるように笑うその姿に

わたしも君の友達も

気づくと

頬がゆるんでいる

 

ああ豚肉を

こんなに偉大に思う日がくるなんて

君に会う前は想像できなかった

人生にはまだ知らない

因果がたくさん、眠っているようだ

 

そんなことを

かんがえながら また

サムギョプサルを

注文する

 

 

無題

読み人知らず

 

フィクションくらい

ハッピーエンドでいいんじゃない

願いは叶い

奇跡は起こる

タイミングよく

ヒーローは

現れなくちゃ

つまらない

 

 

|世話人たちの講評

・千石英世より

間(あわい)

何度も読み返しました。なだらかなコトバのながれとつらなりが土のなかにしみこんでいきます。このとき土は肉。肉は記憶。その記憶は気体ではなく液体ではなく重い固体。金属ではない固体。土になる前の石、石になる前の岩、岩になる前の砂でしょうか。

「炭酸水」

熱を帯びたせつなさ。世界が遠くなる。なのにかすかに熱い情念だけはここにある。冷えていけ! 冷えて、いかないのか。「紙コップに残っていた炭酸水」の「紙コップ」がリアルです。迫ってきます。そうした迫ってくるイメージというのか、目の前の物というのか、どの連にもそれらが存在感をもって描きとられていてたじろぎます。

「サムギョプサル」

良い詩だと思います。恋の歌だ。気持ちが弾みます。でも、落ち着いて弾みます。

良い詩だと思います。歌っている。

無題

同感、共感します。ここからもう帰りたくないです。ここにいたいです。だれだ、ここからわたくしを引っ張り出そうとするのは! 貴方の方こそわたくしの横にすわってください! そして一緒に見よう! 今、ヒーローが現れるところ! 一緒に見よう! そんなことを思わしめる。短いけど、味のあるおもしろい作品ではないでしょうか。

 

・平石貴樹より

間(あわい)

 好調子ですが、最後の1行がやや弱いのかな?

「炭酸水」

 良く書けた作品だと思いました。

「サムギョプサル」

 好品ですが、豚肉がどうしてトンカツなどでなくサムギョプサルなのか・・・。

無題

 フィクションのほうがえてしてリアリズム志向ですからねえ。

 

・渡辺信二より

間(あわい)

よく纏まっている。

気になるのは、形容詞の使い方です。特に、第一行目と最終行の「わびしい」がポイントだろう。作者として使いたいのはわかるが、少なくとも最終行の方は、要るだろうか?

「炭酸水」

起と結が呼応している。「いつまでの未来」なども、面白い言い方と読みました。「かすかな刺激が舌の上で甘ったるい」とは、それでも、残った炭酸水を飲んでみるわけか。ふうむ。

「サムギョプサル」

そこはかとないユーモアの漂う、微笑ましい作品として受け留めました。第一連の「今日」と最終連の「また」の時間的関係、その場の顔ぶれ、が気になる。

無題

ヒーローの現れるようなフィクションのことですね。主旨はわかります。

 

 

 


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