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あさひてらすの詩のてらす

遠花火に映る10篇の詩(24年10月)

10月も終盤にさしかかり、夏も遠い日となりました。秋が深まる季節には、詩作に向かう時間も増していくのではないでしょうか。今月はご投稿いただいた作品の中から、10篇を掲載します。ご一読、そして今後もお引き立てのほど、よろしくお願いいたします。


 

 遠花火に映る10篇の詩(24年10月)

・桔梗

・魔法の手

・新盆

・おさかなゴールド

・嵐の跡

・おはようニッポン

・三階から一階

・季変わり

・オスマンサス

・いつの間にか

 

 

桔梗

小村咲

 

耳と耳を合わせて

虫の音を聴く

指先の月光は

熱を持たず

ほんのりとその存在を照らす

 

進むでもなく

戻るでもなく

ただここにいる

三人称で単調に語るには

勿体無いひととき

 

あなたの深呼吸は

どことなく軽快で

遠ざかりゆく紫の

花の名を思う

 

魔法の手

槻結糸

 

ベッドに横たわり顔をしかめるあなた 

もう言葉を発することはない 

恐らくここがあなたの痛み

わたしはあなたの痛みにそっと手を置く

わたしの手で優しく摩る 

あなたの痛みがわたしの手に吸収されてゆく

少し楽になったのか あなたの寝息が聞こえる

優しく摩る あなたの痛みをわたしがいただく

 

暫くして あなたは目を開ける

 

わたしを見て驚いたお顔が 優しい微笑みに変わる

言葉は無いけれど

あなたの手が わたしの頬を優しく撫でる

柔らかな手

わたしの記憶の抽斗がそろりと開く

 

その手は わたしの痛みを沢山摩ってくれた 魔法の手

わたしの痛みを消し去ってくれた 魔法の手

わたしを眠りに誘ってくれた 魔法の手

 

そう その手はわたしの母の手

 

新盆

 

私が生まれるずっと前

小さなあなたは仕事から帰る父を待っていた

遠くに人影を見つけて

あなたは跳びあがって喜んだそうな

門の外で夕陽をあびて待つ姿に

あなたの若い父は笑顔を見せたにちがいない

     一一一伯母に聞いた母の話

 

そのことを思い出しながら

あなたに語りかけた

生前に言えなかった話を

初めて口にするかのように

あなたは

途切れながら届けてくれる

 

写真に向かって話しかける私を

幼子(おさなご)が

正座をして聴いていた

柏手を打つかのように

小さな手を合わせて

 

見えないものを手渡している

 

庭のまん中に立つ黒木の影が

部屋まで入ってきた

昼間の蝉は命を終えたのだろうか

 

おさかなゴールド

長谷川 哲士

 

水の扉を次々開けて

前進するのみ魚めぐる

 

めぐるめぐる

ぐるぐる巡って出世魚

名前も変わった

子も出来た

妻も変えたどんどん変えた

めぐりめぐるうちに

いづれかの妻に

どこかで会っているのかな

幸せが回っていれば良いのだが

 

ぐるぐる巡っているうちに

良い事悪い事渾沌と巡り

濁流の渦になってゆく

このめぐりめぐるの円周が

終わる事のない永遠3.14159265‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥ 永遠の深追い

 

恐ろしくなったので

魚は水のステージを黙って降りた

何処に行っても何処でもないならば

未知なる惑星に飛んで行こうかなと

羽根を装着してみる

どうせ惑わされるならば

海面突破して宇宙の果てまでスパーク

 

鰓の端っこが金色に輝いて

心臓は常にドッキドキ

これはこれはスタートレックな

おさかなゴールド

 

嵐の跡

槻結糸

 

雨に打たれた黄金色の稲穂は

海岸に寄せる波 

うねうねと横たわる大勢の稲穂の波

重い重い波の重なり

 

道に落ちた葛の花

薄暗い道の其処だけ紫の色を付ける

小さな花弁の敷物

雨水に濡れそこから動くことはない

 

草木は深い碧色となり 

たっぷりと湿気を抱き

雑念なく只々静かに佇む

背伸びしたししうどの花だけが 

きょろきょろとそれらを窺う

 

川は轟々と音は止まず

岩に砕け そして再生する白い波

首を伸ばした青鷺が大きな羽を広げ

その上をゆっくりと 空に泳ぐ

 

空に訊く 

いつ陽が射す 爽やかな風はいつ吹く

 

未だ無言の灰色の空

 

 

 

おはようニッポン

鏡文志

 

ハァ〜♪

SNSで苦情 裁判起こすと ヒステリックに騒ぎ立て

挙げ句の果てには、諦めましたと 

そりゃあ、昔はせっかんしたが とおの昔に済んだこと

布団で押さえつけ 降参するまで

暴言に躾 甘えは許さず それでも今日まで、スクスク育った

親に孝行 何故出来ぬ? そんな息子が情けない

ハァ〜♪

今日までの苦労 親に虐げられ

バブル期には家族のため、死ぬ気で労働

稼いだ金も消え 破産して国のおんぶ

それでも今日まで、生きてきた そんな自分が愛おしい

ハァ〜♪

これから人生、どうして生きよう

国に頼れず 息子も、宛にならず

今は美味い飯と、映画三昧

稼いだ苦労が報われ 年金生活

どうにもならない 行き先は暗い

そんな明日が、大好きだ

 

三階から一階

七海独

 

秋の日差しが注ぎ込んでいる。

僕はマスクの下で、

静かに深呼吸をする。

そしてチラと目を上げる。

ああ、いつぶりの陽光、いつぶりの青空。

窓枠は束の間消え去って、

僕は左の翼を失くした小鳥のように、

必死にこの世界を翔ぼうとする。

翔べる。

すぐに堕ちることになっても。

翔べる。

 

季変わり

南野 すみれ

 

目覚めて 肌ぶとんを掛けなおす

時計は深夜の二時を過ぎたばかり

 

28度に設定をしたエアコンが

静かなモーター音をひびかせている

ちょっと寒い 切ろうかな……

と思いつつ

また眠りに落ちた

 

いつもどおりの朝

窓という窓を開け放す

台所にはいってきた風に

暖簾があそぶ

暦のうえでは秋になりました

女性の声がラジオから聞こえた

そういえば

耳にふれる風が ほんの少し

冷たくなったような気がする

 

温かい味噌汁が食べたくなって

冷蔵庫を開けると

夏茗荷が残ったまま

研いだばかりの包丁できざむ

トトトトトン

立ち昇る

 

オスマンサス

倉橋 謙介

 

秋の夕暮れ

銀座通りの交差点で教えてもらった

君のつけている香水の名前

その不思議な響きの言葉を僕は

呪文みたいに繰り返して

2人で笑った

10年以上経ったある日

映画が始まるまで散歩していた

日比谷公園で

向かい風がふいに連れて来た香りは

僕にあの時の事を思い出させた

出しかけた溜め息を

口をへの字にして外にもれないようにする

でも1人で園内を歩いているうちに

そもそもそんな思い出自体が

なかったような気がしてくる

金木犀の優しい香りが

頭のどこかをくすぐって

そんなことをさせたような

 

いつの間にか

草笛 螢夢

 

誤魔化されないぞぉと

聞き覚えのない

流行言葉とすり替えられてた

 

人口増加という言葉が

人口交流に代わってた

 

見向きもしていなかった人達へ

みんな取り残さない社会と云い始めた

 

病気じゃないかと

聞いて離れて言っていた人達が

病名がついた途端 優しくなった

 

なんだか いつの間にか

摩り替されていないか

暗黙の安心を得たいため

 

 

 

|世話人たちの講評

・千石英世より

桔梗

ことばのながれがきれいで清潔ですね。合わせた「耳と耳」にはやわらかな熱と熱の交流がある? かすかに「ある」と想像して読みました。恋はうつくしいと。

魔法の手

いいですね。「魔法の手」は不思議の手。そのフシギをそのままフシギのまま、謎のままにして終わらせる方法もありかも。

新盆

全5連の作ですが、各連の時間関係に濃厚なひそやかさがあり、その前後関係の複雑さに面白みを発見しました。

おさかなゴールド

イメージのつながり、話題の変転、それぞれの「間」を興味ふかくよませていただきました。連をつなぐ声の調子、息の激しさ、一定して強いと感じました。貴重です。哀愁をひめたエネルギーとでもいうのでしょうか、たんにエネルギッシュなだけでなく、影があるのだな、それもいいなとおもいました。

嵐の跡

おわりの3行以外は情景を視覚的に追っています。ときどき比喩を使い。そしてその比喩は効いています。情景がすばらしい。そこまでで末尾の「無言」が実現されて「無言」が十分に聞こえてきました。おわりの3行をどうするか。

おはようニッポン

ギターをかき鳴らしながら、自作を朗々と朗読する声音がきこえてくるようです。

三階から一階

「窓枠は束の間消え去って」から以降、詩の声は飛行の空中に流れているように受け取りました。「翔べる。」のあとにつづけて、その空中から見えたものを想像しつつ読みました。

季変わり

上手な作ですね。最後の2行がまとめになっていて、しかし、ややまとめすぎかな? とおもいました。余韻をのこす手もあったかも。

オスマンサス

せつなさがつたわってきます。最後3行はそのせつなさを何とか食い止めようという意識的努力なのでしょう。無意識ではあまりに苦しいので努力したと。それは当然ですが、せつなさに無言で耐えるのも次につながるのでは?

いつの間にか

上品で遠慮がちな風刺ですが、こういう風潮、遠慮なくがーーーっと、風刺してやってください、とついついおもってしまいます。多少下品にわたることがあっても風刺というのは読者を元気づける力がありますから、元気づけてください。

 

・平石貴樹より

桔梗

 いいムードです。「遠ざかりゆく紫」がよくわかりませんでした。

魔法の手

 いい場面ですが、お母さまはどうして言葉がないのでしょうか。

新盆

 法事のしめやかな空間が捉えられて見事です。

おさかなゴールド

 前半のおさかなの枠組みをもっと突き詰めてほしかったかな、と思います。

嵐の跡

 よい叙景の詩と思います。

おはようニッポン

 最終行になぜか救われました。

三階から一階

 この心持ちの由来などをもうすこし書いてほしかったです。

季変わり

 最終行「立ち昇る」でわざと中断したのでしょうか?

オスマンサス

 せつなくまとまっていますね。

いつの間にか

 「すり替え」はたしかによく目にしますね。

 

・渡辺信二より

桔梗

14行詩です。いいですね。身体感覚と情景がほどよく混合しながら表現されている。

魔法の手

言葉ではなくて、身体的接触によるコミュニケーションを描いています。多分、「記憶の抽斗」には、この「魔法の手」のように、作品になるのを待っているたくさんの思い出があることでしょう。

新盆

第一連、いいです。きっと、「生前に言えなかった話」(10)がたくさんあるのでしょう。少しずつ、具体的な言葉になって作品化されるのを期待します。

おさかなゴールド

魚はなぜ、「恐ろしくなった」(18) のだろうか、気になる。

嵐の跡

作品そのものは、まとまっていて、表現も言葉選びもよくできていると思う。ただ、ポイントは、その表現内容を、タイトルの「嵐の跡」として、読者が受け取れるかどうかです。

おはようニッポン

NHK NEWS「おはよう日本」をパロディにしているのかもしれません。苦と楽、明と暗を並置していますね。

三階から一階

「三階から一階」というタイトルや、失う翼を左とすることにも、作者の秘めた想いが込められていると推測します。

季変わり

普段の生活とそこで感じる季節の変化を、よく具体的に作品に表現しています。

オスマンサス

金木犀の花言葉を踏まえているのでしょう。よくまとまった作品になっています。

いつの間にか

この世に溢れる不条理に、詩人は、どう対処すべきなのだろうかと問えば、まずは、不条理を言語化することなのでしょう。

 

 

 


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