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あさひてらすの詩のてらす

「ならいの詩 後編」 (21年12月)

「あさひてらすの詩のてらす」に今月届いた10篇の詩、その後編です。「ならいの詩」前編はこちら


「ならいの詩 後編」

・ピエロが空から降ってきた

・悲しみのカケラ

・崩壊

・あなたが遅れただけ

・交渉 

 

ピエロが空から降ってきた
北川 聖

ピエロが空から降ってきた
その体は分解されていく
まるで人形のように
身体中に円形の歯車がめり込んでいた
それは回転しピエロを刻んでいった
腕が一本、足が一本、最後に首が吹き飛んだ
バラバラのピエロの落ちた辺りに子供たちが寄ってきた
泣き笑いしたピエロの頭部でドッチボールを始めた

 

悲しみのカケラ
北川 聖

悲しみのカケラがきらめいて
或る日夜空に消えました

悲しみの瞳を持ったあの人は
或る日この世から消えました

人を愛し続けたあの人が
或る日この世を去りました

悲しみのカケラがきらめいて
僕の心に降りました

生死を彷徨う身体から
命が離れていきました

夜空に微かにきらめき
それきりでした

 

崩壊 

秋峯かおり 

 

水はいっぱいに溢れていた。これ以上無いくらいに。一体いつの間にこんな事になったのか。いくら考えても分からない。慌ててバケツで掃かすのみだ。

一所懸命繰り返していると、誰か訪ねて来た。いつもチーズをくすねるネズミだ。ハナクソをほじりながら、そんな事いくらやっても無駄だよ。もう賽は投げられたんだ。諦めな、と生意気な事を言う。

捕まえて焼いてしまいたかったが、災難が優先した。部屋は洪水で、バケツを離せなかった。しかし、水は一向に止まらない。だんだん腕が痺れて来た。果たして俺のやっている事は善処たるものなのか?

でも、ここでやめたら…。一瞬、脳が停止した。その隙につけ込むように、水は一気に吹き出し、屋根を突き抜け、空に伸びた。バケツはどこかに吹き飛ばされ、俺は外に流された。

これまで築き上げた家も、守ろうとした努力も一瞬にして水の泡になった。俺は全身に水しぶきを受けながら、茫然としてそれを見つめ続けていた。

 

あなたが遅れただけ 

秋峯かおり

「申し訳ないけど、遅れます」
また、か。怒りを通り越して、全身から力が抜けていく。最後の最後までこれだ。

身体の中から何かが確実に小さく消えていった。ヨドバシカメラ西口裏のスターバックスコーヒーで、飲み付けないカフェインを手に、空中をじっと見た。

わたしは一体何なんだろう。生きている事に何か価値があるのだろうか。こんな殺され方ってあるんだ。何度も刺されて、死んで逝く弱い生き物。

ネルソン・マンデラが頭に浮かんだ。どうしてあの人は負けなかったんだろう。殴りかかってくる人にも手を差し出したという。

携帯が鳴ったが、もう出る気力は無かった。
「いまどのへん?」「来ないの?」連続のメッセージ。
ううん、来ないんじゃない。あなたが遅れただけ。

 

交渉 

秋峯かおり

 

この男も自分と同じだ。胸でひっそり囁くと、正面を見据えた。狩っても狩っても止まらない。乾いた喉は潤いを知る事がない。

誰も信じない。その癖、どこかにマリアを求めている孤独な狼。群を嫌い、己の本能だけを頼りに生きてきた魂。

息を切らしながらこちらを睨みつけている。隙あらば飛び掛かってくるだろう。命の危険を感じながら、コーヒーを飲む。勿論、味は分からない。

「わたしを抱きたいですか。行為がしたいですか」
「前者です。後者ならばプロのところへ行きます。行った事はありませんが」

ネゴシエイトは相手に自と、我が意を言わせる、これに尽きる。かなりの上手だ。だが、こちらも命が掛かっている。そう簡単には引き下がれない。

この男はわたしを抱くだけでは満足しないだろう。本意を探らねば。何故、わたしに近付いて来た?何が欲しい?…わたしは何故ここへ来た?

友人のテキンに注意を受けた。行為、それしかないだろうと。わたしの誇大妄想なのか。でも、わたしは確認したかった。自分の眼が確かかどうかを。

男は席を立つと、右手を少しひらひらさせた。
「さあ、行きましょう」

 

 

|世話人からの講評

・千石英世より

ピエロが空から降ってきた

怖い詩です。でも、良い詩だと思います。「子供たち」はどうなっただろう? と想像します。

悲しみのカケラ

哀しい詩です。でも良い詩だと思います。中原中也を思い出しました。

崩壊

「いつもチーズをくすねるネズミだ。ハナクソをほじりながら…」のところ素晴らしい。グッとつらい笑いがこみ上げてきます。「だんだん腕が痺れて来た」、ここも伝わってきます。全体、具体描写が生きています。むろん心情の絵なのですが、よく描写的に客観化されていて強さを感じます。タイトルに一工夫でしょうか。「崩壊」は抽象語ですが、ここを具体物で言っちゃうという手もあるかなと思った次第。

あなたが遅れただけ

本作においても、「ヨドバシカメラ西口裏のスターバックスコーヒー」や「ネルソン・マンデラ」の具体的な場、もの、人が生きています。心情(身に見えない抽象的なもやもや)を具体的なもの、場、人に移し替えるところが面白いと思います。広い意味での比喩になっているといいましょうか。この比喩にするというのが詩想するということかもしれないと私はときどき思っています。

交渉

本作も、これをもっと比喩にすればどうなるだろうと思いつつ読み終わりました。寓話になるのではないだろうか。事実、本作は寓話的な要素の濃厚な詩想になっていると思います。イソップやグリムやアンデルセンや「不思議の国のアリス」といった。アンデルセンは寓話ではなくメルヘンかもしれないですが。とはいえ、本作のリアルさも面白いと思います。

・平石貴樹より

「ピエロが空から降ってきた」タイトルがすでに詩になってますね。

「悲しみのカケラ」第1連が美しいですね。

「崩壊」最後にネズミの一言を聞きたかったかも。

「あなたが遅れただけ」すごくわかる詩でした。

「交渉」もう少しで小説になりそうな感じです。

 

・渡辺信二より

天変地異を含めて理不尽としか思えないことが、古来からよく起こる。人知を超えた何かが、ぞんざいに人を扱うことがよくある。そのとき、人は、その事実を見つめ、祈る。生きるとは何か、人とは何か。

とりわけ、心ある人は、詩をうたう。確かに、うたう。現代には現代を反映する詩があるのだろうが、しかし、詩の言葉に託す思いには、何かしら通底するものがある。

うたうとは、訴う、である。もともと、詩は、神々への訴えであり、祈りであったのだと聞く。

 


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