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あさひてらすの詩のてらす

新しい季節の詩 後編(22年4月)

 新しい季節の詩の後編です。前編はこちら

作品のご投稿はこちらからどうぞ。


 

新しい季節の詩 後編 

・「いきおくれ」

・魔法の杖

・わるい夢

・「ゆがみ」

・マキタさん

・「大丈夫」

 

「いきおくれ」

雪藤カイコ

 

いきおくれた

結婚という世界に乗り遅れた

 

いきをくれた

希死念慮の魂に鼓動をくれた

 

おいてけぼりでも時計はまわる

なにもしていなくても内臓は動く

数か月で体中の細胞は生まれ変わり

新しい景色に息をのんでいる筈なのに

 

おまえのいきをくれ

 

他人に寄生する人生に終止符を

体に太い軸を入れて立ち上がれ

 

きさまのいきをくれ

 

夜が明ける音がはやし立てる

起きろ起きろとはやし立てる

ひび割れた指先で空をつかむ

自分の心も許すことができず

やがてそうしていきおくれ

 

魔法の杖

薫子

 

愛だからと私を否定する

愛だからと私を貶す

愛だからと私を変える

愛だからとわたしを殺す

 

愛って何

愛って何

 

愛があれば何をしてもいいのか

愛があればひとを鉛にしていいものか

愛があれば許されるのか

 

私って何 

わたしって何

 

言葉はナイフ

私は思わない

言葉は魔法の杖

そう魔法の杖

 

この考えもダメなのか

 

自分を持てと怒るのに

じぶんを持つと壊される

 

魔法の杖で私は変わる

 

わるい夢

麻未きよ

 

ソメイヨシノ開花まじかな3月

今日は朝から酷く冷たい雨

愛猫が骨折して動物病院を往復していると

ご近所さんと行き合う

可哀想でたまらない

ウクライナ人道支援を奮発してきたと

お元気な奥さんを昨年

急性の病で亡くされた方だった

 

栄光あれと 耐える人びと

命懸けで抗う勇気が

使い捨てでなければいい

あかるい色の毛糸の帽子

戦禍の粉塵にまみれて

住みかを追われる姿に

打ちのめされる

覇権の競合 まるで捕食のカーニバル

 

わたしが知らずにいただけ

たえまなく繰り広げられていた

戦争の惨虐は いつもどこかを襲って

人はただ巻き込まれる

 

夕暮れに発泡酒を開けた

後ろ足がぐるぐる巻きの猫を膝にのせて

献杯を 乾杯を

おめでとうと やがて必ず言いたい

浅い宵闇に抱かれると窓ガラスだけが

せかいとわたしの通り路になる

薄氷のようにひろがる雨

雨脚は音をたてて駆けぬけていく

振り返って 答えてほしい問いがあった

 

「ゆがみ」

雪藤カイコ

 

めまいだと思った

煙のような気配に殴られ

まわる天井を眺めてた

 

まわりながら体から

愛され魂が抜けてった

右と左がカクンとずれて

醜いわたしのできあがり

 

与えても求めても受け入れてもらえず

ゆがんだ価値観

ゆがんだ関係

ゆがんだ愛情

始まりからゆがんでいるから壊れるだけ

 

つながっているだけで満足しなければ

 

頭を取りはずして殴って殴って納得させる

なにをやっても無駄なら原形などいらない

 

めまいだと思ったのよ

誰にでもおこるめまいだと

砂糖よりも甘いわたしの魂が憎い

 

マキタさん

後藤新平

 

「運が悪くても死ぬだけだ」

今は亡き中島らも氏の言葉だったと

思う。

らも氏自身アル中と闘って「今夜、

すべてのバーで」と言う小説も残さ

れている。

 

僕自身も20代の頃、二日酔いで毎日

這うようにして仕事場に出勤してい

た時期があった。

ひとまわり歳上のマキタさんが直属

の上司の会社だった。

よく飲みに連れて行って頂いた。

 

お酒を飲まなくても、人にはナツか

なかった僕。

飲めば噛みつくタチの悪い若者が、

マキタさんには不思議と尻尾を振っ

ていた。

あっという間に、会社を辞めて22年

の月日が経つ。

「付かず離れずでイイんじゃない」

とマキタさんは言いながら、僕のグ

ラスにビールを注いでくれる。

 

「大丈夫」

葉っぱ

 

とてもつらい日があった

心臓がどきどきして 不安が渦をまいておそってきた日

 

そんな時 君は一言

「大丈夫?」ってきいてくれた

 

全然大丈夫じゃなかったんだ

でもその一言でほんの少し 大丈夫になったよ

 

心配そうに首をかたむけて私を見てくれた

それだけでどきどきがゆっくりになったよ

 

君は私の肩に手を置いて「大丈夫」をくり返した

そしたら本当に大丈夫になってきた

 

「大丈夫」って不思議だね

大丈夫じゃなくても大丈夫にしてくれる

魔法の言葉だ

 

 

|世話人からの講評

・千石英世より

「いきおくれ」

面白い詩ですね。詩心が自由に羽ばたいている。風通しがよくて、風がさわさわと流れている。こうした自由感がユーモアを呼ぶのでしょうね。ユーモアというとカタカナ語なのでどこか軽くみてしまいがちな言葉ですが、こころの羽ばたきのことですよね。無駄な! でも無駄で何が悪い! ですよね。無駄と自由はいとこどうしみたいなものですよね。

魔法の杖

同感です。魔法の杖で人間は変わる。現に変わった! いま!

だれももっている杖だけど、そうとは気づかない。「言葉はナイフ」でもあるから! そっちにだけ気づいてほっとしてしまいがち。ハッとしてしまいがち。

わるい夢

「夕暮れに発泡酒を開けた/後ろ足がぐるぐる巻きの猫を膝にのせて/献杯を 乾杯を」ここジーンときました。いいですね。詩があると思います。これ「発泡酒」でなければダメですよね。ビールを飲んだとか、ワインだとか、焼酎だとかではダメで、なぜか発泡酒です。説明つかないけど。ほかにも感じる箇所いくつもありました。いいですね。

「ゆがみ」

前編とならんでユーモアが滲みでてきていい感じで読みました。力ですね。力がにじみでてきていい感じですね。ユーモアって力だったんだ。無駄に! で、無駄で何が悪い!? ですよね。

マキタさん

人生の知恵、智慧、深々とした人生論を読んだ感じです。いまどき、人生論なんて簡単に使う言葉ではないような気もしますが、つまりハヤラナイコトバですが、使用価値はケースバイケースで、文脈次第によってはあるんだと思いました。タイトルが素晴らしいですね。

 

「大丈夫」

伝わってくるものがスッと伝わって来る良い詩だとおもいました。「魔法の言葉」は「こころ」とコトバが一致してあらわれるのだということを実感しました。教えられました。コトバはこころだったんだと、こころはからだのなかにあるんだと、だからコトバはからだのなかにあるんだと。

 

 

・平石貴樹より

「いきおくれ」

とても切実ですね。

 

魔法の杖

「自分を持てと怒るのに」の2行は、恋愛関係というより日本社会の縮図ですね。

 

わるい夢

 秀逸。現代日本語詩の一代表ではないでしょうか。

 

「ゆがみ」

いいですね。最終行だけ、私には陳腐に見えました。

 

マキタさん

これもいい。でも最後の「くれる」を「くれた」に直すと、どうなりますか。詩が終わらなくてもっとずっと続きますよね。それが読みたかった気がします。

 

「大丈夫」

みずみずしいです。中学生ぐらいの設定でしょうか。

 

・渡辺信二より

「小説の言葉」がないように、「詩の言葉」もない。しかし、生をくれるので私たちを変え、答えてほしい問いを発するので世界を見直させ、歪みを歪みと教えるので真っ直ぐを知らせ、過ぎ去る時を示すので不変のものに気づかせる、そういう働きをする詩には、魔法の言葉が溢れている。

 

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