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あさひてらすの詩のてらす

爽籟に揺れる11篇の詩(24年11月)

今年の秋は冷え込んだかと思えば、しばらく陽気な日が続き、そしてまた冷え込んで暖かい日に戻るという、外套を鬱陶しく感じる日の繰り返しが続いています。朝日出版社のある九段下周辺の街路樹の色付きも、どうもまばらな様子です。今月は、ご投稿いただいた作品の中から11篇を掲載いたします。ぜひご一読くださいませ。


 

爽籟に揺れる11篇の詩

・ささくれ

・紙魚がいる

・しりとり

・秋に想う

・波紋

ピザまん

・雨降り、思う

・可愛い人々へ 善良なる人々へ

・傘をさす

・12月になると!

・無名のハヤシライス

 

ささくれ

なつふゆ

 

耳の中に残る音

オレンジでピンクで虹色で

ぐるぐると廻る廻る

スキップしたいな

ジャンプしようかな

キラキラと輝く桃色はコロコロとよく笑う

 

眩しく光り輝いて見えるそれらは一つの塊

煌びやかな黒い糸は風になびき優雅な線を描く

ゆるやかに

軽やかに

 

 

繋ぎ合わされた緋色の結束

脆く儚く

一瞬で散り散りに去りゆく

 

マタアシタネ

赤い口が呟く

 

マタアシタ

手を振る

裏側を隠して

 

残された行き場のない白い手は

夕日が差し込んだように所々赤く濡れている

ささくれだった指先はマタアシタネと共に鋭い痛みを放つ

 

マタアシタネ

マタアシタ

 

紙魚がいる

南野すみれ

 

いつも通りの歯切れのよい声が

続いている

電話は1200キロ離れた場所から届けられる

 

ひとり暮らしの彼女は

三度目の同じ話が済むと

「人様にご迷惑をかけないように」

と、繰り返した

「もう堂々と人様に迷惑をかけて良いお歳や」

長い付き合いは卒寿手前の友人に遠慮がない

 

一年前は 彼女の年齢を否定していた

もう90になるという言葉がふえた

今年は全てが受け入れられる

「いつまで電話ができるかわかれへんけど」

「そうやね」

「万博には行きたいけどな」

「一緒に行こうよ」

長電話で話される言葉は

ひとつひとつ薄葉紙にくるんで

届ける

届けられる

紙には覚悟という色がついている

ときどき諦めという言葉が紙を破り跳び出し

そうになる

角と角をきっちり揃えて薄葉紙を包みなおした

どこにも隙間はなかったと息を吐く

 

ふたりでデパートを歩いたときに

次の買い物の約束をした

約束を紙に書いてしがみついている

紙を、紙魚が喰らう

 

しりとり

小村咲

 

一握の白砂と

あなたの瞳と

空の色

半円くるりと

桟橋の上に寝そべる

 

夢とは

静かに

光の中に

歩き続けること

 

海鳥の矢のような声

両手両足をぐっと

ペケの字に伸ばして

優雅な白い時の中

 

貝殻を拾い集めるように

名詞だけを並べて

最後に辻褄が合ったら

うっとりと夕日を見つめるような

それは明日への約束である

 

秋に想う

槻結糸

 

春の鶯は 夏の盛りに声を潜め今は何処にいるのやら

遅がけに生まれた蝉は 仲間を想い悲しげに

ひとり山に鳴いていると云うのに

草叢の虫がその声を来し方へと押しやり

子狐が蒲のようなしっぽを泳がせ その草叢を走ってゆく

 

私はそれを見て佇む

私はまだここに居る 夏の出来事を胸に残したまま

 

馬の嘶きのような鹿の声は

山に寝そべる龍の如き霧に呑まれ

私の放った声は 川面に弾かれ川風が攫ってゆく

 

私は川を見下ろす

私はまだここに居る 声は風に攫われたと云うのに

夏を過ごした私はいつ消えゆくのか

 

見下ろす川は黒く 闇が足元からするすると這い上がり

霧も山に吸い込まれ 木々の姿もなくなり

山がひとつの塊となり 闇はどんどん空へ昇ってゆく

なのに私は闇にさえ消し去ってはもらえない

ここに残っている あの夏とともに

 

 

私は気づく

どうやら私は何ものにも気に留めてもらってない

ならば 私も私を気にせずにいたらよい

 

やっと私のあの夏が終わる そうこれでいい これでいい

 

波紋

南野すみれ

 

とぎれることのない波紋を

沖の白波が 小さな崖になって

押している

 

夏が終わった

 

この海原の広さがあれば

わたしの内なる揺れも

気にするほどのことはないと

他人事にできるのに

小さな器の中では

微かな揺れが 乾いたからだを

傾ける

 

明け方

すべる涙で目覚めたのは

微笑んだ頬に

ふれたいと

手を伸ばしただけで あなたが

消えたから

 

夢も現実に侵食されて

声は唇の内側で後戻る

 

呑み込んだ声が波紋になって足先に向かう

流れてゆれつづけている

 

ピザまん

倉橋謙介

 

30年以上経った

今にして思うと

日暮れた晩秋の

河川敷に吹いていたあの風は

母の体により多く

突き刺さっていたはずなのだ

柴又までピクニックに行った帰り道

寒がる僕のために買ってくれた

コンビニのピザまん

自転車の後ろに乗せられて

母の背中を見ながら食べたそれは

とても温かくて美味しかった

  

雨降り、思う

筒路なみ

 

雨降り、足を重くするのなら

水滴の染みた場所から

羽が湧き

ふわふわと軽くなればいい

 

車が水を大きく跳ねたなら

その弧が空を裂いて

両手を生やして

私を持ち上げてくれたらいい

 

傘からも水が滴るのなら

いっそ糸をひいて

車のライトでも反射させて

ベールでおおってくれたらいい

 

濡れ鼠、玄関をくぐって

屋根の下へ入ったときに

冷たさを拭えるタオルがあればいい

 

雨はじき、止むのでしょうから

また静かに、降るのでしょうから

 

可愛い人々へ 善良なる人々へ

鏡文志

 

可愛い人々へ 善良なる人々へ

時に容赦なき愚行と、鬼畜振る舞いの雨霰

可愛い人々へ 善良なる人々へ

人が死んだ悲しいと、飯が美味いのパラノイアの列車に乗って 

皆で今日も、何処へ行く

可愛い人々へ 善良なる人々へ

その優しさと従順さと引き換えに、沢山の命が亡くなっても

人々は羊の仮面をかなぐり捨てることはない

可愛い人々へ 善良なる人々へ

私は鏡 貴方たちを映し出すもの也

可愛い人々へ 善良なる人々へ

濁りなき潔白と、絶え間なき欲望を併せ持つ

可愛い人々へ 善良なる人々へ

止めどなく広い愛と、深い温もりを貴方たちに届けたい

可愛い人々へ 善良なる人々へ

迸る思いを風に乗せ、貴方たちに贈ろう

可愛い人々へ 善良なる人々へ

ここは満月の月夜 獣の檻牧場 今夜ペンで、

点と線を繋ぎ、願い祈り込めて

 

傘をさす

草笛螢夢

 

小さいこどもの足元が歩き易い様

とっさに 傘を差す

 

初めてのひとり暮らしで

どしゃ降りに合った人に

そっと 傘を差す

 

狐の嫁入りで

折角の服が濡れないよう

ゆっくりと 傘を差す

 

心が傷ついていると感じた時

そっと 傘を差す

 

雨降りの予報が無かった二人の仲に

そっと 傘を差す

  

12月になると!

草笛螢夢

 

12月になると気忙しく

大黒様の着ぐるみを着た先生がそりを引いて

初売りの福袋を積んで

走って行って 慌てて後を追う

サンタクロースが走る夢を見た

 

クリスマスケーキを注文したはずなのに

ビニールハウスから慌てて飛び出した

春に成熟するはずのイチゴケーキが入った

おせちが届いたという

ニュースが流れたニュースを

次の日の夢にも出た

 

そして何故か道の端に

メリークリスマス&

ハッピーニューイヤーのカードが

誰に出すはずだったかは判らないが

道ばたに落ちていたのを

誰かが拾い 交番に届けた夢を見た

 

無名のハヤシライス

七海独

 

ハヤシライスの薫りがする。

 

よく晴れた日曜日、

正午の路地裏。

 

ハヤシライスの薫りがする。

 

いいなぁ、

いいなぁ、

いいなぁ。

 

食べたいなぁ、ハヤシライス。

 

誰かの作ったハヤシライス。

 

私のことを何も知らない、

何のバイアスもかかっていない、

赤の他人が作ったハヤシライス。

 

食べたいなぁ、ハヤシライス。

 

私の全てを忘れさせてくれるハヤシライス。

 

食べたいなぁ。

 

 

|世話人たちの講評

・千石英世より

 ささくれ

微妙な失意が描かれていて、その分、世界への肯定感がぐっと表にでてきている、全的な肯定にはなりえないが、切ない肯定か、色彩感にすぐれた作とおもいました。

紙魚がいる

「角と角をきっちり揃えて薄葉紙を包みなおした/どこにも隙間はなかったと息を吐く」の部分、グッときます。素晴らしい2行! とりわけ「息を吐く」の一語、食い込んできます。ここには信頼できる詩があると感じました。

しりとり

見事です。第3連、いいですね。清潔かつピュアーな4行。4連目の最後の4行もひっぱっていかれる、どこまでも。

秋に想う

4行目が好きですね。とくに、「来し方へと押しやり」のひとこと。押しやる動作がまざまざと目にうかぶ。いいなあ! プラス「私はまだここに居る」の反復も効いています。ひきこまれます。

波紋

つらい、さびしい、切ない、こうした情感が見事にとらえられていると読みました。そうか、夏が終わったのか! これからどう生きて行けばいいのだ、と、もうどの季節もいらない、と、声にならない声がきこえてきます。

ピザまん

絶唱と存じます。風は「突き刺さる」のですね。世の中に体に「突き刺さる」物なんてそうそうあるものではない。むろん、ないことはないですが。そうそうあるものではない。そこのところ鋭くとらえていると存じます。感服しました。

雨降り、思う

雨と戦う姿勢に好感します。戦い方もかわいい。と、そう捉えると戦っているのではなく、雨とともに「遊んでいる」のですね。雨もこの詩を好きになると思います。

可愛い人々へ 善良なる人々へ

好きになれる予感のする作品でした。ややもすると、なんとはなしの上から目線が気になるかもしれないですが、実際はまったく気になりません。むしろ邪気や悪意のなさが表に出ていて、詩情を感じます。祈りを感じます。

傘をさす

こころのやさしさが、どういうものか、ゆっくり理解がいくような作になっていると感じます。3連目がとても具体的で全体を美しくしていると感じました。たんたんとした言語表現をいっきに詩にしていく力になっていると。詩、イコール世界を広げるではないでしょうか。一点、漢字と仮名の配分を気にすると何かちがってくるかなと、そんな気がします。余計なことですが。

12月になると!

うれしくなるような内容を包み込んだ作です。生きるよろこび! 世界はすてたものでもない、と。この作が、なにか、だれかへのプレゼントですと、おもいます。そんなすばらしさ、です。あくまで夢なのだが。でもそれがどうした! です。夢でもいいではないか。夢の中のプレゼント、あなたにあげます、です。

無名のハヤシライス

タイトルが深い。「ハヤシライス」が「詩」に読めてきます。もう食べた気がしています。贅言不要。

 

・平石貴樹より

ささくれ

 さびしさ。背景をいろいろ想像させます。

紙魚がいる

 「紙魚」を出さずにもうすこし押していってもよかったかもしれません。

しりとり

 とくに最終連が私にはよくわかりませんでした。

秋に思う

 気持ちはよくわかりますが、「私を気にせずに」がむずかしいんですね。 

波紋

 切ないです。とくに第4連には感動しました。 

ピザまん

 いやあ、すごい記憶です。それだけに、もうちょっと書いてほしかったかな。

雨降り、思う

 下2連、現実的になることで辛さが増していますね。 

可愛い人々へ 善良なる人々へ

 世相批判の迫力を感じました。

傘をさす

 しだいに抽象化していく流れがいいですね。

12月になると

 おもしろいです。 

無名のハヤシライス

 一瞬の解放感、いいですね。

 

・渡辺信二より

ささくれ

この作品の人間の見方に、非常に特異な印象を受けました。それを支えるのが、多分、身体及び身体感覚なのでしょう。 

紙魚がいる

「紙には覚悟という色」とか、最終行「紙を、紙魚が喰らう」などの表現、印象的です。

「電話」のやりとりと「薄葉紙」の関係が腑に落ちると、もっと理解が行き届くかもしれない。

しりとり

「最後に辻褄が合」(16)うことで良しとするのかもしれないが、やはり、タイトル「しりとり」と内容の関係、一読ではちょっと不明です。それとも、作品中に「しりとり」が隠れているのだろうか?「寝そべる」(5)「歩き続ける」「ペケの字に伸ば(す)」(12)「夕陽を見つめる」(17)という一連の動作が、語り手を主語とするのだとすれば、語り手は、内的必然を伴いながら、「明日への約束」に向かっていくのか、あるいは、作者の描くイメージ連鎖に組み込まれているのか。そもそも、「約束」は、誰と誰とのどんな「約束」であるのか、読者としては不安である。少なくともこの作中で、語り手と「あなた」(2)は、無関係なのだろうか。

秋に想う

じぶんに言い聞かせているような作品です。

最終行、「私」になお残る念まで、消し去れるだろうか。 

波紋

夏に何かが終わった、その悲しみがよく表現されています。

以下、一読者の示唆として:冒頭3行、必要だろうか。第4行目で始まった方が衝撃的だと思う。なお、「この海原」よりは、多分、「あの海原」の方が、読者に想像を促すと判断する。他は、おしなべて、良しと思う。

ピザまん

「母の体により多く/突き刺さっていた」ものに気づいている現在の語り手と、「30年以上」前に「ピザまん」を食べた過去の語り手と、その落差を埋めるものは、なんなのだろうか。

雨降り、思う

「雨」をめぐる空想的な願いが3つ表現された後に、第4連で、現実的な願いが示されています。その空想と現実を、最終連で詩的に止揚しているかどうかが問われます。

可愛い人々へ 善良なる人々へ

一つの読後感ですが、詩や歌を作るのは、確かに、「点と線を繋」ぐことかもしれない、いつか、「面」となることを願いながら。 

傘をさす

傘の差し方で5連が構成されていて、面白い。

「とっさに」1回、「ゆっくりと」1回、「そっと」3回だと、「そっと」が多いか。

全体、あるプロットが隠れていたりすると、さらに面白いかも。

12月になると!

発想は面白い。面白いけど、三つの夢を生かしきれてない印象。

ちょっと文も長く、「が」の頻出(8ー10行)も気になる。

無名のハヤシライス

ハヤシライスの匂いを「薫り」と表記する点に、何か秘密が隠されているのかもしれないが、それは、作者が明かしたくないものなのだろう。

  

 

 

改稿作品

ここからは以前に掲載された作品で、その後、世話人のコメントを受けて、作者によって書き改められた作品のいくつかを掲載します。今回は1篇をお届けします。

 

空白

小村咲

 

真珠のブレスレットを

空に引っ掛けたよう

大粒小粒の雨音が真っ直ぐに

バルコニーの壁となる水曜日

腕を伸ばし雫に触れる

遠くに白く煙った尾根が

ぼんやりと高く広がる

数々の屋根は

麓まで続いているのかどうか

静かに積もってゆく時を

何も頑張らない今日を

ただうっとりと

瞳を閉じて

耳を澄ませば

立体的に展開する世界の始まり

音というものには

不思議な力があるという

風船のように膨らんで

物語を繋げゆく

ねっとりとした夏の行方を

前髪に感じては

君の帰りを

待っている

風は

吹きそうにない

 

流れがでてきてよくなっているように感じます。改作は、改善につながることが多いと感じていますが、そうでもないかもと懐疑的になることもありますが、おおむねよいことだといえるようにおもいます。本ケースは後者ですね。当然、足し算の改作と引き算の改作とがあるわけですが、そこは一概にはいえないでしょう。むずかしいとこです、でも、いいたいことがようやく自分でわかってきた! という改作もあるようにおもいます。改作の功徳です。(千石記)

 


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