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あさひてらすの詩のてらす

「ならいの詩 前編」 (21年12月)

気が付けば今年も12月。みなさんにとってこの2021年は、どのような年でしたか?

あさひてすの詩のてらすには、今月10編もの詩が届きました。前後編でのお届けです。

後編はこちらからどうぞ。


ならいの詩 前編

・瑠璃 

・すくい

・寂しさをも粋に感じて

・友達

・苦しみの末に

・暮秋

 

瑠璃  

豊田隼人 

 

淀みのない速さの川で

痣色に汚れた皮膚を洗う2×2の人型

 

マネキン二対

 

真珠を見たような顔を浮かべている

対岸からそれを見るモデルたちは

余裕のダンスで展示品を馬鹿にして

 

マネキンについ

 

瑠璃の姿をミセル

瑠璃の中から男の子は出てこない

アジアの色をしているだけの宝石

こころが加速していって

人型たちは瑠璃を見ていられなくなる

 

マネキンニツイニ

 

モデルたちは身体のすべての先端から

瑠璃の吐息を注いだ

人型の溶け方は

理想的な生まれ方そのものだった

 

寂しさをも粋に感じて
後藤新平

 

仕事から帰宅すると
母から電話があり、
コロナが落ち着いてきて
婦人警官時代の友達に会って来たと言う。

ついでに僕に洋服を買った、と。

上下のスウェットセットアップだった。
ズボンがMサイズで、
パーカーがLサイズ
だった。

もう孫の歳の頃の時の
同級生に会って、
僕のことも思い出して。

母は
寂しさをも粋に感じて、
今日も生きている。

 

友達

リリーユカリー

 

買い物帰り 青みが残った冬の夜空

なんだかふとあなたを思い出した

 

今頃どうしているのだろう

懐かしさの中に苦味がすっと入りこむ

 

愛くるしい笑顔が大好きだった

果てしなくおしゃべりしたよね

打ち明け話に目を潤ませて

「つらかったね」と言ってくれた

わたしを解放してくれたんだ

 

冷たい空気に息を吐きながら

まっかな耳にマフラーをあてて歩いた

「また明日」と手をふりながら

 

憧れすぎてもっと近づきたくて

そんなことに慣れてなくて

あなたをわかってる気になって

多分わたしが失敗した

 

あなたと友達でなくなるなんて

想像したこともなかったのに

 

はるかに遠い昔の話

もう友達とはよべないのだろう

「ありがとう」

こんな言葉しか残っていない

がらんとした空間が悲しい

 

「元気でいてね」

小さな星が瞬く同じ空の下

ひとりよがりにあなたを想う

 

苦しみの末に

綾小路たま

 

今日もやっと一日が終わった
さて今夜も喰う
コンビニお握り一個で満腹
二個目で吐く
食道が火事で消防車を呼んでと無言の叫び
のたうち回って炭酸水をちびちび舐める
プロトポンプ阻害剤に毎食後14種類の消化剤
飲んでも効くのは2時間後さ
胃を取って19年目
人間ものを食うから生きていられる
でも仕事中は昼食も絶対無理
まあ2カ月間食わなくても腹空かないし
抗がん剤服用の5年間に比べりゃ天国
砂糖も小麦粉だったもん
食欲皆無でも口を動かせ
生きる為に口を動かせ
牛乳ひと口含み30回噛め
苦しみの末に健康な肉体が手に入る
何のために生きる
結婚出産しないで還暦間近
誰のために生きる
自分のためじゃないよなぁ
食べるのが苦しくて
胃のある人にはわからないよなぁ
もうあと4時間しか寝られない
眠るのも仕事だな
やっと寝られるかなぁ
明日も保育士頑張ろう
これが私のレゾンデートル

 

 

暮秋
麻未きよ

 

柊の葉の透きまに覗く
白い彫像は
誰もいない
陽だまりの庭にのこる
顔がみえない女神
女神たち

記憶の奥の
やさしく色褪せた点景
その家を訪ねると
教室のプレートも表札も
削りとられていた

錆びた門扉
連なる柵のアラベスク模様
くり返す流線群
直線と曲線のゆくえ

歳月で推しはかることは
わたしにはできない
一家はずっと
お幸せでいるに違いないと

幼いわたしたちが踊る
花と雪のワルツ

晴れわたる空は
時のひび割れ
乾ききった無数のつなぎ目
鞣すようになめらかに
灰青のなかへ隠している

 

すくい

琥珀


心配されてるのは感じてる
話しかけてくれるのを
相談してくれるのを
待っているのは気付いてる
でも
話して相談して
聞いてくれたあなたに
私の心のぐちゃぐちゃを
私の心のどろどろを
移してしまうのが嫌なんです
だから内緒黙秘無関心
私にとってあなたが大切な様に
誰かにとってあなたが大切です
その誰かの為に貴方は大丈夫でいて欲しい
だから内緒内緒内緒です
想ってもらっているだけで
ただそれだけで

 

 

|世話人からの講評

・ 千石英世より

 瑠璃

詩の全体はよく脳内に絵を描けなかったですが、面白くよませていただきました。出だしの「淀みのない速さの川で/痣色に汚れた皮膚を洗う…」が素晴らしいと思いました。「瑠璃の中から男の子は出てこない/アジアの色をしているだけの宝石」もすごいです。「モデルたちは身体のすべての先端から/瑠璃の吐息を注いだ」もまたよかった。全体で何人の、というか何体の身体が構図を作っているのか、絵に取らえきれなかったです。

寂しさをも粋に感じて

最後の3行ジーンときます。出だしもそっけないみたいですが、素直で素朴でいいと思いました。

友達

「あなたと友達でなくなるなんて」から「がらんとした空間が悲しい」まで、友情にこういうことが起こるのだと切なく、ふかく感じ入るものがあります。最後の三行、もう一工夫あればと思いました。「小さな星が瞬く同じ空の下」だけでも十分じゃないかしら。

苦しみの末に

力強い詩だと思います。自分を励ます! 詩の使命ではないでしょうか。すると読む人も励まされている。詩のレゾンデートルではないでしょうか! 「食道が火事で消防車を呼んでと無言の叫び/のたうち回って炭酸水をちびちび舐める/プロトポンプ阻害剤に毎食後14種類の消化剤」ここいいですね。詩だよなぁ! と思います。

暮秋

「その家」は、ならいごとの教室だったのでしょうか? 絵画教室? 舞踊バレー教室? その辺を織り込んでも詩の調子は崩れることはないのではないか、むしろ、郷愁は増すのではないかと思いました。

すくい

「私」と「あなと」の間に何があったのかを想像したくなる点、よく書けていると思います。この行分け詩をさらに連に分けて書くとどうなるか。3連か4連に分けてみると、詩想が、そして心のしこりがくっきりしてくるのではないでしょか。

 

・ 平石貴樹より

「瑠璃」私にはイメージしづらかったです。

「寂しさも粋に感じて」素直ないい感じでした。

「友達」リアリティに感動しました。

「苦しみの末に」すごみがありますね。

「暮秋」昔のバレー教室かと思いました。再訪して何を思ったのでしょう。

「すくい」口にできなくて思うだけでも、言葉に救われているのでしょうね。

 

 ・渡辺信二より

現代は、その良し悪しを別にして、孤立を望んでさえも生きて行ける時代となったが、しかし、人が人である限り、どんな形であれ、人は、人なしには生きられない。そして、人を求めるには、人を正しく求めるには、言葉しかない。だから、言葉が詩となる。

詩は、「あなた」を求め、「別の私たち」を求め、あるいは、「もう一人の私たち」を求める。そのとき、詩は人を生かしてゆくのでしょう。

 


 「あさひてらすの詩のてらす」では、皆さまからのご投稿をお待ちしております。詳しくはこちらから。

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