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あさひてらすの詩のてらす

行く春に届いた5篇の詩(23年5月)

暖かい日が続いてこのまま夏に向かうのかなと思えば、上着が必要なくらいに寒さを感じる日があったりする、今年の春。季節はゆっくりと変わるのではなく、緩急がついて変化していくようになったのだなと感じています。

さて、そんな季節に、あさひてらすの詩のてらすには5篇の詩が届きました。「行く春に届いた5篇の詩」、ご一読ください。


 

行く春に届いた5篇の詩(23年5月)

・家路

・「蟻の行進」

・のざらしの仏

・走る姿

・ぜいたく

 

家路

中村友紀

 

ポケットには詩を

くちびるには歌を

手には花を

この胸には
あなたを

かばんには
あふれそうな気持ちを

ノートには
言えなかった言葉を

そっとつめこんで

 

きょうも
うちに 帰ろう

 

「蟻の行進」

雪藤カイコ

 

小さくて黒い蟻の行列 
待ち時間はどのくらいですか?
うわさがうわさを呼び前へ倣え

生前の思いが詰まった地面に瞳を落とした昆虫
腹を太陽に向け引き継ぐ命の行進を待っている
イッチニ あっち イッチニ こっち
声を合わせて死者の使い 
小さな世界で天使の足音

羽はあったりなかったり
仰ぐ心にどう映りますか?
風に乗る匂いをかぎ分け
クンクン こっち こっちです

消える命にたくさんの未来
優しく丁寧に慎重に 
こぼさず運んで穴の中
小さな鼓動を繋ぎゆく
大きな希望を引き連れて
イッチニ あっち イッチニ こっち

 

 

のざらしの仏

浮島サウス

 

くりかえし
水の粒が
上のほうから 下のほうへと
音もたてずに落ちていき
のざらしの仏を打ち付けた

くりかえし
光の粒が
太陽と仏の間ぶん
音もたてずに入っていき
のざらしの仏を解した

くりかえし
風の粒が
冷たいほうから 温いほうへと
音もたてずに流れていき
のざらしの仏を洗った

くりかえし
闇の粒が
仏の係る世界の間ぶん
音もたてずに満たしていき
のざらしの仏を包んだ


それらの粒が仏の
目や耳や鼻や口を
拭うほどの時間を
のざらしの仏は
ただ ここに居続けた

 

走る姿

長谷川哲士

 

お前が走る姿
横向きでしか
見た事ない様な気がするけどな
凄く変な走り方だな
男みたいだよ

そんなの嘘だ
あたしの事よく見てないから
そんな事言えるんだ
あんたに向かって正面から
走ってぶつかってるじゃんか
そしてあたしの事お前なんて
呼び方すんな
男みたいなとか古臭え事
言ってんじゃねえぞ馬鹿

そう言えば
この間職場まで迎えに
行った時
遅くなっちゃって
って言いながら鬼の形相で
前から走って来たの見て
思い出したよ

鬼だと馬鹿野郎
てめえが車ん中で
イライラしてるんじゃねえかと
推測して速度上げてんだ

最初のデートの待ち合わせ
お前遅れて来て
ラガーマンみたいに
前方から走って来て爆笑したよ
冷めるなあなんて

ラガーマンだと
てめえラグビーの事なんか
何も知らないだろ
このガリガリ野郎馬鹿野郎
お前って言うのやめろってんだろが

しいいいんと静寂
アナログ時計の秒針は
電池が切れそうカチカチカチの
間が抜けてしづくが
ぽたりぽたりと落ちるよう

あったなあったな
記憶の地層穿り返して
切なくなって
涙出そうになっちゃったよ

あったなあったなだと
何全部終わった気になってんだ
涙出てるのはこっちだ馬鹿
鼻水もだよ花に水やる時間だよもう

もう大丈夫だからよ
そんなに力走するなよ
何処にも行かないからよ

何処にも行かない競争だな
負けないよお馬鹿さん

 

ぜいたく

浮島サウス

 

キッチンの横に本棚を置くのは
ちょっと ぜいたくだ
レシピと詩の本をひらいて
檸檬をしぼって
ギョーザを焼いて
皿をかさねて
少し焦がして
野菜きざんで
味噌をいれて
カレーのページで手をとめる
コンロをつけて
スパイス溶かして
米をあらって
換気扇まわして
窓をあけて
夕方の三十分
こんな日には
通りににおいが漂って
「カレーニシテェ オトーチャマ」
と子どもの声が
カーテンをふくらませた風より
やわらかな光とカレーのにおいの
食卓に運ばれる
やはりちょっと ぜいたくだ

 

 

|世話人からの講評

・千石英世より

家路

だれかに教えたくなるような詩ですね。こんな詩があるよ!って! シンプルで可憐な詩なのだけど、繰り返し読んでいると切なくなってくる。なぜだろう?

「蟻の行進」

蟻の行進を通して生と死の神秘が描かれている。しかも「イッチニ」の所、可愛く描かれているので、かえって生と死の深さ重さが伝わってきます。こころに響く作ではないでしょうか。素晴らしいと思います。

のざらしの仏

「のざらしの仏……」のリフレインがいい。リフレインが生きている。何か重要なこと、それが何かは判らないけれども、伝わってきます。深いです。神秘的です。

走る姿

愛です。

ぜいたく

最後に子どもの声が出て来るのが、意外でした。意外でしたが、出て来てよかった。詩にふくらみが出てよかった。今、詩にふくらみが出てと言いましたが、「カーテンをふくらませた」の「ふくらみ」につられて、言ったのかもしれません。それほどまでにこのあたり最後の5行が素晴らしい。ただ最後の「ちょっと ぜいたくだ」は確認のため、念押しのために言われているのですが、なくても十分にふくよかな感じは伝わってきます。読んで幸せになる詩ではないでしょうか。

 

・平石貴樹より

家路

 さわやかですね。

「蟻の行進」

 「瞳を落とした」のは死にゆく昆虫ですか。ふうむ。

のざらしの仏

 言葉づかいが独特でした。

走る姿

 口は悪いのに情があって、いいですねえ。

ぜいたく

 「子どもの声」は、筆者宅のカレーのにおいをかぎつけた通りがかりの親子ずれの会話、ということですか。

 

・渡辺信二より

家路」

わかわかしい詩心が伝わります。作品中にほのめかされている「詩」「歌」「あふれそうな気持ち」「言えなかった言葉」・・・これらもそれぞれが、これから、詩作品となるのでしょうね。

「蟻の行進」

行進に、命のつながりを託しています。「死」が単なる「死」ではなくて、「希望」でもあるわけですね。

のざらしの仏

光と闇、風雨にさらされた仏へ注目するのはいいですね。御仏のお顔は、どんななのでしょうね。

走る姿

最後の「何処にも行かない競争」ってことば、面白い。

ぜいたく

たしかに「ぜいたく」ですね。冒頭に出てきた「本棚」や「詩集」のイメージが、最終行の「ぜいたく」に何らかの形で、再度、関わってくれば、さらに良い作品になるのではないか。

 


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