朝日出版社ウェブマガジン

MENU

あさひてらすの詩のてらす

埋み火に光る10篇の詩(25年1月)

埋み火とは、灰の中にうずめた炭火のことであり、恋心や情熱といった消えない思いにたとえられます。詩を書くこと、詩を読むことも、こうした火を見つめる行為なのだろうなと感じる、今日この頃です。

さて、今月は10篇掲載いたします。ぜひご一読を。


 

 埋み火に光る10篇の詩

・ぬるま湯

・ぼくと僕

・赤とんぼ

・計算詩人の館

・あなたなら嬉しい

・献上

・浅き眠りの時に限って

・二時二十分

・雪女だ

・裸木

 

ぬるま湯

草笛螢夢

 

すっかり慣れたこのぬるま湯の中で

今更何を変わらなければ

ならなかったのかさえ忘れてしまっている

 

時代遅れの自転車を

何周も遅れて漕ぎ続けている

 

だから 平気で私が使っていた日常語が

通じると思い生活し続けていた

会話

思考

手順

流行

決まり事 etc…

挙げたら切りが無い

 

何をどう どこまで接点を

通じ学び直しが必要なんだろう

何処に行ったら

基準値というモノを教えて貰えるのだろう

 

このまま ぬるま湯の中では

到底過ごし続けていけない事も

判って居るつもりだが…

 

ぼくと僕

七海独

 

五歳のぼくが夢を語って、

二十歳の僕がそれを嘲笑う。

 

五歳のぼくが虹を見つけてはしゃいで、

二十歳の僕が冷ややかにそれを見つめる。

 

五歳のぼくが雨に濡れるのを楽しんで、

二十歳の僕がうっとおしそうに傘をさす。

 

五歳のぼくが未来を想像しようとして、

二十歳の僕がそれを止める。

 

ぼくは自由で、

僕は不自由で。

 

赤とんぼ

南野 すみれ

 

水たまりには朝陽が眩しくあらわれて

木の葉の水滴が落ちる

 

ツーッと赤とんぼ

深紅のあざやかさに目を瞠る

一匹を追いかけて、二匹 また一匹

遊んでいるのか 巡ってきてまた

飛んでいく

 

時は鈍行で進んでいるのに、途中下車も

後戻りもできない

あなたの言葉を

確かめたいのに、

確かめるには遅すぎて

みんな固めてしまった せめて

コンクリートではなくて、土で

 

わたしが言った「特別な」は

あなたの「特別」とは違う色だと

気づいたときには、

扉が閉まっていた

 

 

赤とんぼはまだ飛んでいる

言葉が

土の中で息をしている

 

計算詩人の館

鏡文志

 

あれいうな、これいうな

今すぐ言わなくっちゃあ それはダメ!

あれ食うな、これ食うな

今すぐ言わなくっちゃあ それもダメ!

あれ打つな、やれ打つな

今すぐ伝えなくっちゃあ それは絶対ダメ!

不謹慎ネタは言わず放らず

美文積分で、いい気分にさせる

この方程式で文壇に媚び売ればもう時期賞がもらえる象

そしたら、今までの我慢を捨ててみんなの前で威張り腐るんだあ

あれ見るな、これ見るな

人の自由! 勝手にしろ!

あら、死んだ また、死んだ

人の生き死にを笑ってはいけまテーン!

両手に算盤を持った計算詩人の前例に従えば

君も今すぐGo To Heaven

資格もキャリアもない貧乏人諸君は是非私の指示に従いたまえ

アナコンダ サナカンダ

それは、良い! 意味不明なのは、面白いからいい!

なんだかんだ そんなもんだ

人生そんなもんで無責任もんだろう

 

 

あなたなら嬉しい

七海独

 

私が死んだ後、

私の笑顔を思い出してくれるのは

誰だろう?

 

私が死んだ後、

私の泣き顔を思い出してくれるのは

誰だろう?

 

私が死んだ後、

私の叫びを聞いてくれるのは

誰だろう?

 

私が死んだ後、

私の詩を読んでくれるのは

誰だろう?

 

私が死んだ後、

後悔してくれるのは

誰だろう?

 

献上

長谷川哲士

 

首をひとつ貴方に捧げましょう

その前に一差し舞わせて頂きます

スメラギ弥栄 山河に響く

 

八咫烏飛び立った跡に残された

貴い色した羽根を抓んで微細な舞い

汀に流され瑞の舞い

青樹を抓んで身を小さく振るわせる

 

喉口舌牙目鼻耳から

からだのうちそと

大事な足の裏まで

全て貴方に捧げます

陵の麓で一人舞い死にするのです

 

浅き眠りの時に限って…

草笛螢夢

 

浅い眠りが続く時の

夢の中に入りそうな入口で

はたと あの人が現れてくれまいかと

期待すると眼がさえ起きてしまう

 

ああ 過ぎ去った

有り余る時間に過ごせた

若い自分の記憶が蘇り

手招きする

 

そんな時に限って

意味を持たない不安が

じたばたとバタついては

時の流れの短さを

今更のように気づき

そして 抵抗する度

自分の老いていく

顔に皺が増していく

 

鏡に映る顔をみて

時計の針を1分でも遅くしたいと

みっとも無く抗う

 

二時二十分

南野 すみれ

 

ヴォ― ヴォ―

得体のしれない音に目が覚めた

 

慌てて枕もとのスマホを開ける

東北地方で地震があったようだが

速報は出ていない

 

記憶にある音だが。

思い出せない

時計は深夜、二時二十分

夢、だったのか

外では命あるものの体温を奪うかのような北風が

鳴っている

風にかさなって音が甦る

 

意を決して

音を発する電化製品を一つずつ確認する

どれも大丈夫だと分かると不安はますます大きくなった

音を、もう一度聞きたいと耳を欹てる

風がなき声をあげながら屋根をのぼ

滑り落ちる

三時を過ぎた

 

ホットミルクのカップが歯に当たって

小刻みに音をたてている

読みかけの本はひらくと

文字がぱらぱら落ちた

 

雪女だ

倉橋 謙介

 

お肉屋さんもぼやっと光る

夜みたいに薄暗い商店街

横からびゅうっと雪が舞う

僕の真っ赤な右手は

君のあたたかい左手から

順調に体温を奪っていった

歩き続けるにつれ

後ろめたさも増していくけど

君が凍りついてしまうまで

僕はきっと

この手を離せないだろう

これじゃあ、まるで

 

裸木

槻結糸

 

冬の裸木が好き

花が咲き初める恥じらいも

花が咲いた時の誇らしさも

若葉が芽吹き持つ初々しい力も

葉の生い茂る賑やかさも

其処にはないけれど

葉をすっかり落とし 裸木になった木に

その木の真の美しさを観る

 

陽の光が枝を煌めかし

裸木全体を光が包む

冷たい風を全身で受け

内在する木の強さをみせる

余分なものを削ぎ落とし

木は本来在るべき姿となる

 

美しい 只々美しい

 

裸木は冬の陽の光と冷たい風によって浄化され

真の美しさを放つ

 

わたしもそうありたい

余分なものを削ぎ落し

今 裸木となろう

 

 

 

|世話人たちの講評

・千石英世より

ぬるま湯

言いたいことがスッと言えていて、いい感じの詩だとおもいます。3連目の「私が」がやや飛び出ている感じがします。なくても全体が私のことばにきこえますのであえて「私が」というまでもないのでは? 最終連はないほうが、途方に暮れている感じがでるように思いますが、どうでしょう。

ぼくと僕

シンプルでよくまとまっていて、好感します。「、」「。」をうまく使っています。最終連2行になにか書き加えるとすればどうなるか、考え込ませます。

赤とんぼ

1行目「朝陽」を夕陽にしたらここまで書けなかったのでしょうね。「扉が閉まっていた」は何の扉でしょうかね。赤とんぼのいる近辺に「扉」のある何かが建っているのか。たぶんどうではなくて一般的な比喩でコミニュケーションの扉ということでしょう。会話が終わっていたという意味でしょうね。というわけで、ここを比喩でいうか、まっすぐにいうか、難しいところです。

計算詩人の館

最後の1行でまとめに入ってしまっているのが惜しいです。せっかく無責任のおもしろさを歌い上げているのに、責任とってることになったな、惜しいなと思いました。まとめるというのは責任取るということになるのではないでしょうか。

あなたなら嬉しい

見事なラブソングです。だれかれ恋人へのラブソングではなく、人生へのラブソングです。となると、タイトルにメッセージ性の核心を先だしにだしたのが、惜しい! ここは最後にガーンとだして、食い込んだほうがいいとおもいます。そしたら泣きます。

献上

状況をよくつかめないのですが、恋歌のようです。いや恋歌以外のなにものでもありません。舞いながら歌っているのですね。「陵の麓」は高貴な方の墓所、古墳でしょうか。折口信夫の「死者の書」の別ヴァージョンです。1行目の「首」と最終連の全身体描写、これを対比すると、全身体の四肢分布において整合性が気になります。でも気にしないでいいような流れがあります。難しい語がでてきますが、文脈上のことなので問題ないと思います。

浅き眠りの時に限って

痛切なおもい。人類永遠の悲しみ、それを自己一個の身に、誠実に緻密にたどっています。絶唱と存じます。

二時二十分

見事です。最後の1行が素晴らしい。でもそれだけでなく、出だしあから最後から1行目まで、身辺描写が見事です。幻想的リアリズムの詩です。

雪女だ

1)的確な描写、2)奇抜な工夫。3)あわさって全体、面白いです。だが、1)の良さ(これは評者の好みにすぎないかもしれませんが、的確な描写が好きな評者です)をぐっと広げると、2)はひかえめにとどめたとき、広がるものはぐっと広がるのだと感じます、あくまで、評者の好みで、言っております。全体うまいと思います。

裸木

裸木に寄せるオードです。オードは英語でode、~に寄せるほめ歌、~に寄せる頌歌です。最後3行のあるなしで、作の印象はどう変わるでしょうか。また「裸木は冬の陽の光と冷たい風に」のところからうしろ5行のあるなしで、作の印象はどう変わるでしょうか。裸木の美しさがきわだってくるようにおもいます。「美しい 只々美しい」と言葉を失う美しさだけがきわだちます。ここでたちどまる。あとは沈黙。美は沈黙する。美を前にひとは沈黙する。というわけで素晴らしい詩の直前にまでせまってきている良い作だとおもいました。

 

・平石貴樹より

ぬるま湯

 挙げられた日常語はもう通じないのですか!? 私も「ぬるま湯」ですか。

ぼくと僕

 もう少しつづきが読みたかった。

赤とんぼ

 とても的確でいいと思いました。

計算詩人の館

 世渡りの話はあまりよくわかりません。

あなたなら嬉しい

 最後がせつないですが、ここから始まってもよかったかも。

献上

 「弥栄」は「いやさか」と読むのですね。勉強になりました。

浅き眠りの時に限って

 前半は好調ですが、後半はややふつうかと。

二時二十分

 読者をびっくりさせて終わる詩なのですね。

雪女だ

 タイトルに返るのはわかるけど、もっとつづけてほしかったです。

裸木

 とても共感できました。

 

 ・渡辺信二より

ぬるま湯

「基準値」で何を意味するのか、隔靴掻痒の感あり 読者としては語り手の苦悩に共感したいのだが。

ぼくと僕

コントラストが面白い 「五歳のぼく」と「二十歳の僕」の両方を知る語り手は何者なのかな。

赤とんぼ

第1連、第2連など、的確な描写力で、かつ、詩的だと判断します。

ただ、「固めてしまった せめて」あたりから「特別」以降が整理されると、よく伝わると思うのだが、読者に仄めかしたいけど、ちゃんとは言いたくないことなのでしょうかね。

計算詩人の館

タイトル、「計算詩人の館」ですか それが作品の内容とどういうふうに関連するのだろうか あるいは、作品中の、命令形を含めて、言葉の発せられる場所なのだろうか、などとちょっと考え込んでしまう。

あなたなら嬉しい

タイトルが、作品中の問い全ての予めの答えなら、気持ちはわかるが、驚きがない。

献上

捧げるものが、「首」から、「全て」に変化しているが、その詩的ロジックが読み取りにくい。

浅き眠りの時に限って

「過ぎ去った」「過ごせた」の言い換えが不思議です。

「じたばたとバタついては」と「バタ」の音を重ねる効果が不思議です。

「気付く」に前置する助詞は「を」なのかと不思議です。

「気づき」「抵抗する」の重ね書きが不思議です。

二時二十分

作品としての流れの話ですが、「三時を過ぎ」るまでは順調です。

多分ですが、「三時を過ぎた」を独立の1行にした方が、読者への印象がいいかもしれません なお、ホットミルクの出現が唐突です ちょっとその前に一言、欲しい。

雪女だ

よく意図がわからないけれど、最終行で、タイトルに戻る趣向なのか。

「真っ赤な右手」で「君の体温を奪える/僕」とは、何者なのでしょう。

裸木

確かに詩になる光景でしょう。同じタイトルやモチーフで先行する作品も何作かありますが、ここにも、別の「裸木」があります。ただし、詩の中で「美しい」と言ってしまっていいのかとは思う。

 


あさひてらすの詩のてらすでは、

みなさんの作品のご投稿をお待ちしております。 

 

投稿についての詳細はちらから。

下記のフォームからもご投稿いただけます!

作品投稿フォーム

 

バックナンバー

ジャンル

お知らせ

ランキング

閉じる