緑の芽生える季節の詩 前編 (22年5月)
暖かく過ごしやすい季節が終わり、すこしずつ雨期に向かいつつあるこの時期、みなさまいかがお過ごしですか。今月詩のてらすには11篇の詩が届きました。「緑の芽生える季節の詩」前後編でお送りします。
作品のご投稿はこちらから。
緑の芽生える季節の詩 前編 ・「エイプリルフール」 ・無題 ・「さんかい」 ・「あと少し」 ・かげろう海岸 ・私が死んでもこの世はあるの |
「エイプリルフール」 雪藤カイコ
嘘をついていい日 この日の嘘は最後に笑顔の仕掛けをする 知らない国もあるのだろうか 命の奪い合い 腐りかけの食べ物 色のついた飲み水 魂を殴り合う
誰かのための嘘 笑顔のための嘘
今年はなにもしなかった
みじめみじめと下を向き 指先は両腕に爪を立てた
部屋の壁に一匹のハエトリグモ 黒いシミがじわり近づいてくる 君になら食べられてもいいよ 人差し指を差し出したら逃げられた 小さく心が揺れて自分の嘘に気づく エイプリルフール 微かな笑顔が狭い視野に消えていく |
無題 北川 聖
今も考えない日はない |
「さんかい」 雪藤カイコ
緊張をほぐすために 願いを叶えるために 誰かにこびるために
さんかい、のみこんで さんかい、なげかけて さんかい、ほえてみる
目に見えている目の前のことに 目に見えていない遥か未来へと すべてはつながり続けるんだと
心かもしれない脳を震わせる 心かもしれない心臓をたたき 心かもしれない指をまるめる
さんかい、のみこんだ さんかい、なげかけた さんかい、ほえている
視点がどこにあるかなんだ 回数なんてどうでもよくて 目指す場所へ一歩進むんだ |
「あと少し」 葉っぱ
氷はとける 水にとける どんなに固い氷でも 机の上のジンジャーエールのグラスの氷が カランと鳴った
雪はとける どんなに冷たい雪でも どんなに分厚くて重たい雪のかたまりでも 太陽は照らす 必ず春は来る
だから あと少し |
かげろう海岸
まばゆい春の海が |
私が死んでもこの世はあるの |
|世話人からの講評
・千石英世より
「エイプリルフール」
いろいろ感じました。最後の連がとくにいいですね。最初の連もいいですね。読んでいって沈んでいく感じ。怖い感じがあって、怖かったです。
無題
重い詩です。重い主題を果敢に扱っている詩です。冒頭3行がとくに。ガーンと重い銅鑼の音が聞こえます。「処刑された彼」は「女児を殺め」た。「僕」は「彼」となんら変わらない。「覚めない夢を見ていた」点で「変わらない」。このように読んだのですがどうでしょうか。そう読んだので、「裁判官」の登場以後が、この詩のポイントなのだと思います。その分、ここでもうひとつ展開があればという感想です。展開といったのは、もう少し長く書くという意味ではっ必ずしもなくて。
「さんかい」
見事な展開のある作品だと思いました。軽々とすごいことを言っている詩だと!
「心かもしれない」の3行、それに続く3行、見事すぎて音楽を感じます。
「あと少し」
でだし4行、美しいと思います。特に4行目、最高! に美しい。
「雪はとける」以後も悪くない。でも、「必ず春は来る」はメッセージ的に重要なところですが、言い回しがクリシエすぎないか。意図的にそうしたのかもしれないですが、イメージになっていてほしい。4行目みたいに。言い過ぎてたら、ご免!
かげろう海岸
いいと思います。とてもとても。読んでいて心が静まります。中村稔の「鵜原抄」を思い出しました。
私が死んでもこの世はあるの
完成度の高い作品。短い分、完成度が高い。このまま何も付け加えない。何も引かない。愛唱愛吟に耐える作品と思います。すばらしい。
・平石貴樹より
「エイプリルフール」
さわやかなさびしさが出ています。
無題
裁判官について、よく非難を見かけます。
「さんかい」
がまんの詩ですか。
「あと少し」
これもがまんの詩ですね。
かげろう海岸
「透きま」というコトバはおもしろいと思いました。
私が死んでもこの世はあるの
たしかに重要な問いですね。
・渡辺信二より
詩人の発した言葉が作品をどこへ連れてゆくのか。詩人の方向性と、言葉の自律性とが鬩ぎ合いながら、最後の1行に向かって、収束してゆく。その緊張関係が、作品の良し悪しを決める。
信じることが未来を開く。真摯な問いが回答を呼び寄せる。それらが、良きものであり、正解であることを念じながら。
後編はこちらから