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あさひてらすの詩のてらす

麦雨に集う13篇の詩(24年6月)

ご投稿いただいた作品の中から、今月は13篇を掲載いたします。ぜひご一読を。梅雨明けはまだ遠いようですが、新しい言葉へ向かう思索は、雨の多い時期に深まるのではないでしょうか。作品のご投稿も引き続きお待ちしております


 

麦雨に集う13篇の詩

・夢、午前四時。

・夜明けのお散歩路

・どちらも天国

・パイオニア

・五月二十八日のカラス

・霧雨

・蟹男

・ブーゲンビリア

・一等星

・てのひら

・タバコ

・天気予報の蝉

・望月の風

 

夢、午前四時。

七海独

 

ベランダから羽ばたいて、

己の両腕のみで空を翔ける。

 

五月の薫りがする。

 

久しく味わっていなかった、

初夏の薫りが全身を包む。

 

このまま自由になれるなら、

目覚めなくても良い。

 

これ以上求めるものなど、

何一つ無いのだから。

 

現実が背中を引っ張る。

夢から覚めろと身体に命じる。

 

放っておいてくれ。

 

ここには自由があり、

求める全てのものがある。

 

夜明けのお散歩路

槻結糸

 

霧の中から優しく照らして下さるお月さま

往く路は明るい

柄杓星の姿はぼんやりと

水を汲めぬ 北の空

 

幾重にも重なる優しさ広がる月さまの

その姿目に見えて

未だ眠りのなたの杉木たち 

蠍の赤星微笑んで 南の空でやんわりと

 

鹿がひと声 ぴーと鳴き

静寂の中に溶け込んで

ひんやり体が冷えてくる

足元の草がきらきらと

わたしの体を包みだす

 

さあ帰ろ

朝に辿り着く前に

 

どちらも天国

鏡文志

 

昔々、ナットラン国の小言大統領は、内に入れば、内にいる人間に

「ナットランナットラン。お前のこういうところがナットラン」

外へ行けば、家に帰ってきて

「アイツのこう言うところがナットラン」

それを内側で聞いていたミノルイナホノアタマサゲル王子は

「嫌だなあ。自分はこう言う風にならないようにしよう」

と決意し、外へ行ったら

「イインデスヨ、イインデスヨ」

家へ帰れば

「イインデスヨ、イインデスヨ」

と繰り返し、誰一人苦にされることはありませんでした。

やがて大人になったミノルイナホノ王子は、心の中でこう呟きました。

「幾つになっても、謙虚でいられるかなぁ」

一方その頃、小言大統領は、相も変わらず外へ行けば

「ナットランナットラン」

内へ篭れば自分のことだけは

「ナットルナットル」

と言い続けたので、みんなから煙たがられて往生を遂げましたとさ。

めでたしめでたし。

 

パイオニア

草笛 螢夢

 

宙に浮いている存在に感じ

鋭利に尖った鋼の上にバランスを崩すことなく

動ぜず立っている

自らの力で不動の志で律し

眼差すの先は誰も観たことの無い未知の世界

ひたすら信じてきた事だけを

太陽の光のように周りを照らし続ける

しかし

恐怖と失望感と葛藤は付きまとい

打ち消すだけのなりたい自分の姿を描く

 

誰もが引き留めたのだろう

誰もが出来るわけ無いと

ケチを付けたがったのだろう

そして 期待されない

許されない挑戦に

引き留められたことだろう

 

さて パイオニアは

気付かなかった事を

誰も観たことの無い景色を

初めから観るつもりは無かったはず

 

誇らず いつも

私たちに歩んだ歩き方の道を残していく

 

五月二十八日のカラス

七海独

 

君は何を見ている。

 

きっと地平線だろう。

 

手をのばせば届きそうで、

実は絶対に届かない、

ぼんやりと浮かぶ地平線だろう。

 

私は、

鮮やか過ぎるテレビ画面を見ている。

 

目がちかちかする。

 

私は、

英雄気取りの殺人鬼達が暴走する、

スマートフォンの画面を見ている。

 

目がかすむ。

 

私が見たいものは、

君が見ているもの。

 

私が見たくないものは、

私が見ているもの。

 

霧雨

倉橋 謙介

 

どしゃ降りの

夜の本郷通りを2人で歩いていたら

気づけばそれは霧雨に変わっていた

周りの音はどこかに吸い込まれ

ぼんやりしてるのに眩しいヘッドライト

まるで水槽の中にいるみたいだ

金魚みたいには上手く呼吸ができない僕らは

しばらく無言で歩いた

 

 

蟹男

長谷川哲士

 

愛を標本箱に取って置いた

秘密がまた増える懊悩

日付を暗号化すれば

 

 

声が風呂場から聞こえるが

恐ろしくて

甘い物無駄喰いし

 

少し風呂を覗いて

また

恐ろしくなって

 

むしゃぶりついて武者震い

家に帰ろうと

決心の賭場に上がり込む

 

尻鼠喰らい付いて

秘部間際まで穴だらけ

どの穴から誰のもとに帰ろうか

 

ブーゲンビリア

小村咲

 

大抵の言い訳を許す

眩い光線が

潮風を纏いながら

肌の温度を上げてゆく

ここの町並みは白すぎて

焦がれ焦がれた陽光を

余すことなく跳ね返す

ゴールドに塗ったペディキュアは

サンダルの隙間で

素知らぬふりして

煌めく貝殻

 

ビタミンを惜しみなく

誘発する丘にて

人は出逢ったときからもう

寄り添い始め

分かり合いたいからこそ

例えば言葉を

盛れば盛るほど崩れ落ちる

オレンジの山のようなもどかしさ

 

風が吹けば風車は回る

小屋の中では歯車が噛み合う

海に向かえば

水平線は一直線に

空と海とを分断するけれども

日の入りを隠す頃には

その境目を曖昧にする

時は脳裏を自由に泳ぎ

ふんだんに濃厚な一搾りを

重力に逆らって撒いた

果汁の煌めくシーンは

さもすると確信犯

笑い声の謎は

畢竟

夏にとけてゆく

 

一等星

あさのでんしゃ

 

都会の空に ひときわ輝く 一等星

皆から綺麗だと言われ

皆から褒められ

皆から囃され

皆から妬まれ

そして皆から指をさされた 

 

本当は誰よりも「弱さ」の意味を知っていて

本当は誰よりも「寂しさ」の意味を知っている

 

きっと 誰よりも努力したのだろう

だから 誰よりも孤独になったのだろう

 

大切な貴方へ

私が今、こうして貴方の隣りにいる理由は

貴方が「一等星」だからじゃない。

 

優しくて 不器用で 

まっすぐな 貴方が好きだから

 

「強さ」って 何なんだろう。

いつかの貴方が 泣きながら私に聞いた。

 

貴方の強さが、今頬に伝う。

貴方が流すその涙が、強さじゃないかな。

弱さを知っているその涙が、強さじゃないかな。

 

てのひら

あさのでんしゃ

 

君の小さなてのひらに

たった一羽の赤い折り鶴

そんな未来に なったらいいね

戦地がなくなって

この折り鶴の行き場がなくなるような

 

君の小さなその足先に

ふんわり止まった紋白蝶

いつかは離れ離れになるね

それでも後ろを振り返らずに

あなたのままで駆けて行けますように

 

君の小さな膝小僧に

転んでしまって残った傷跡

大丈夫 あなたは一人ぼっちじゃないよ

私があなたに駆け寄り抱きしめるように

必ずあなたの味方がいるから

 

これからぐんぐん背がのびて

今よりもっと景色が広がる

 

もしも その景色が

あなたが思っていたものとは違っても

どうか落ち込まないで

 

今は未だ 小さい手のひらだけど

いつか あなた自身で 見たい景色を

選べるようになるから

 

だから今は

あなたの手のひらをそっと握るよ

おまじない と 願いをこめて。

 

タバコ

鏡文志

 

タバコは体に悪い

女みたいに言えば、よろしくない

タバコを吸っても、良くはならない

ただ、良くはならないことが、分かる

タバコは、上がるためのものではない

タバコは、分かるためのものである

分かったからなんだと言うこともないが

分からないよりは、良い

良くなろう運動は、疲れる

悪くなろう運動なら、積極的に参加したいと思う

良いことよりも、悪いことの方が、楽しい

これは、真実である

楽しいか楽しくないかは、良くなることよりも、大切である

タバコの煙がモクモクと青い煙を上げると

自分がこの奇妙な光景の主になっているようで、愉快である

 

天気予報の蝉

草笛螢夢

 

雨上がりを知らせてくれていた

蝉の声がなくなった夏

 

今から限られた短い時間にどれだけ何が出来るか

やりたいことリストに

想いの胸を弾ませていたんだろう

長い間 暗いけど 暖かく包んで

見守ってくれていた土のおかげで

幸せな時間を送ってこられた

そして 今やっと目覚ましのベルが鳴り

外へで出ていく

 

朝が来ると誰より先に鳴き出し

雨が止むことを自慢げに我先に教えてくれた

 

やがて時は残酷にも緑色だったまちの

寝床にしていた樹木は倒され

コンクリートの大平原の中に

誰かが雑草の種を落として

発芽した葉っぱの姿が墓標にみえた様な気がする

 

人間には居住権が有るという

誰からも代替地の事前の転居先の

お知らせも無くそのまま、お墓にされてしまった

そして やることリストも出来ず

外へさえ出られなかった

蝉の思いは 一体誰が叶えるてくれるのだろう

 

僕にとって煩い狂騒曲は無くなり

晴れ間の虹を知らせてくれてた

遣る瀬無い寂しさだけが残った

 

望月の風

槻結糸

 

灰色の雲が空に幕を張り 

星星の輝きはここまで届かない

望月の光は幕の中から冷たき風となり

ここへと届けられる

 

風は声を上げ昏い山をうねうねと渡る

風はからからと枯れ葉を転がし嗤う

風は氷をあてがう様にぴしゃりと頬を叩く

灰色の雲の中

張られた幕越しに 

望月はぼんやりこちらを観る

 冷たいだろう 

 

昏い山を這う風の声がうねうねと遠退いてゆく

転がる枯れ葉が足元でゆるりと休む

風は振り向かず通り過ぎる

望月が放つ光の 

その冷たき風が光とともに緩むとき

新たな風がここに訪れる 頬を転がる柔らかな風

その風もまた何処へと静かに去ってゆく

 

灰色の雲の上 望月のぼんやりとした姿がそこに遺る

 明日は十六夜の月じゃ

消えゆく望月の姿.

風がちらりと月を観る

  

 

 

|世話人たちの講評

 ・千石英世より

夢、午前四時。

切実な心の動きを捉えようして、詩作へのチャレンジとなっている。重要な試みと受け取っています。これらのコトバ発せられている周囲のモノ、ヒトの配置を点描すれば切実さが現実味を増すと思います。

夜明けのお散歩路

すばらしい、ただ1点、最後の2行はどうだろう。直前までの幸福感で詩をつつんでしまうというのではどうでしょう。

どちらも天国

風刺が効いていていいですね。最後の2行まとめすぎではないかとおもいました。まとめずにポーンと放り出す作も面白いのでは?

パイオニア

共感できる心の動きとおもいます。貴重な気持ちだとおもいます。エールを送りたくなります。

最後の1行でまとめたわけですが、「誇らず いつも」で切り上げたらどんな感じになるでしょうか。読者として考えています。

五月二十八日のカラス

まずタイトルがいいですね。最後の2連も生きている。地平線もいいイメージですが、日本でそれが見える場所はあまりないのに見ているひとがあるのですね。批評性のある作と好感します。

霧雨

良いラブソングだとうけとりました。最後の2行、ぐっときます。

蟹男

なににくるしんでいるのかわからないが、苦しんでいる男がいるらしい。ということがよく伝わってきます。同情はしてはいけないのですね。何があったんでしょうね。気になりますがきいてはいけない。「蟹男」よ、蟹歩きで帰っていけ! 帰るところも無いくせに! と親愛を込めて突き放したくなります。一読者たる私にとっては、いい作なのではないでしょうか!

ブーゲンビリア

「ビタミンを惜しみなく」以後のところが面白いです。全体、ことばが込み過ぎ、渋滞気味ですが、少し時間をかけて推敲すればすむことであるように思えます。最後の3行、「謎」は消えてゆくのでしょうか、深まるのでしょうか。そこに世界観がひそむような気がするのですが。

一等星

「大切な貴方へ」以後最後までが好きになります。そこへ直にすっとはいっていくのではどうでしょう? ストレートパンチが効いてくるようなきがするのですが...。ただ前半の説明的な記述がほしいという創作心理もわかるような気がします。それがないとハダカすぎるという感じ。でもでも...。あくまで読者としての感想です。

てのひら

一読、ギターを弾きたくなりました。弾けないけど! フルートを吹きたくなりました。吹けないけど! 

タバコ

面白いいい作ではないでしょうか。放送懸念用語の問題をクリアすれば、そしてコトバをちょっとだけ少なくすれば。ユニークでいい作になるとおもいますね。

天気予報の蝉

内容のあるいい作とおもいます。重い内容ですが。最後の感想的なまとめなしで、粗い事実だけを、こころのなかの、事実的といえるものだけをテーブルの上に置くように置いてみる。そうすると重みが増すようなきがするのですが...

望月の風

幸福感にみちた「風」です。最後の連、どうでしょう。

でも、全体として好きになりそうな詩です。

 

・平石貴樹より 

夢、午前四時。

 まとまっていますが、もう少し展開がほしいかな。

夜明けのお散歩路

 清々しい一編です。

どちらも天国

 実体験の寓話化でしょうか。

パイオニア

 むかし「パイオニアーズ」というアメリカの小説を読みました。

五月二十八日のカラス

 なんとなく共感できますが・・・。

霧雨

 断片的ですが、いいですね。

蟹男

 「尻鼠」がわからなくて・・・

ブーゲンビリア

 冷めた感受性。第2連がいいと思いました。

一等星

 いいですね。歌になりそうですね。

てのひら

 やさしくて強い心ですね。

タバコ

 喫煙者の心理ですね。

天気予報の蝉

 気持ちはとてもよくわかります。

望月の風

 「望月」にもう一言、話させてほしかったです。

 

・渡辺信二より

夢、午前四時。

飛翔の夢は、特別な意味があるようです。たとえば、ユングは、飛ぶことを精神的上昇の比喩であり、啓発への旅を意味すると解釈するらしい。気になるのは、「五月の薫り」(3)と「初夏の薫り」(5)の関係です。「五月」は、日本では、まだ、初夏ではないので、詩の場面設定は、例えば、英国なのだろうか。あるいは、3行目と5行目の間に、時間が経過しているのだろうか。それとも、5月6日頃の立夏を念頭に置いた、俳句的発想なのか。 

夜明けのお散歩路

五七を基調とする作品です。「未だ眠りのなたの杉木たち」は、ちょっとわかりませんでした。

どちらも天国

物語詩へ向かって、荒削りだが、発想が面白い。「大統領」と「王子」ですか。タイトルも含めて、もう少し整理が必要に思える。

パイオニア

「さて」という言葉は、使わないほうがいいのでは? 作品としての統一感を、自ら、壊してしまう恐れがあるので。

五月二十八日のカラス

ちょっと理解が追いつかない。たとえば、なぜ、日付が特定された「カラス」をタイトルとするのか?「君」とは、誰か、あるいは、何か?「私」とはどういう関係か? なぜ、「私」は見たくない画面を見ているのか? など、多くの問いが喚起されるが、これらの問いに対して、もちろん、直接な回答は不要だが、でも、ヒントは、作品の中にあったほうがいい。読者は考えるのだから。なお、「テレビ画面」と「スマートフォンの画面」と、2種の「画面」を出す必然性が不明です。

霧雨

「霧雨」の中を「水槽」に例える表現がおもしろい。中心は「霧雨」なので、「どしゃ降り」から始める必要があるだろうか。

蟹男

1行目の発想がさらに生きることを期待する。

ブーゲンビリア 

ブーゲンビリアの花言葉を考えれば、作品内容は、おぼろげに納得がゆく。しかし、作品全体が、詩的ロジックを展開するというよりは、イメージ連鎖に依存していて、今一つ、詩的ロジックが見えてこないようだ。逆に言えば、それが、作者の狙いなのかもしれない。頻用される複文が、かえって、「笑い声の謎」(32)が孕むべき物語性を隠すのだろう。あと、小さいことだが、「さもすると」(31)は、一般的な使い方なのか、気になる。

一等星

たとえば、なぜ、「泣きながら私に聞いた」のかなど、具体的な状況が分かると、さらに理解が深まる。

てのひら

「君」と「あなた」を使い分けているようだ。

タバコ

何かしら、気持ちはわかる

天気予報の蝉

「外へさえ出られなかった/蝉」に、想像力を働かせるのはとてもいいことです。タイトルは、一考したほうがいいかも。

望月の風

「望月」と「風」の関係を知りたい。「望月の光」(3)はいかにして「風」となるのか。「冷たき風」(3、16)は文語表現となっている。 

 

 

 

改稿作品

ここからは以前に掲載された作品で、その後、世話人のコメントを受けて、作者によって書き改められた作品のいくつかを掲載します。今回は1篇をお届けします。

 

斜光

小村咲

 

ただ突き動かされるままに

言葉の素朴を揺り動かしては

真っ直ぐに歩いて来た

もうそこへ

辿り着くしかないという

夕暮れの波浪

水の素粒子は名を変えて

そこらかしこに存在している

 

暖色と寒色の汀に漂う海猫

描く曲線は優しく

鋭い視線を残しゆく

鳴き声を一筋

確かに響かせて

 

景色は

描こうとするものではなく

ただそこにあるものなのだ

力を抜いて

我も風景に溶け込めば

筆を手にして

何を書くのか

そして

描かれんとするのか

与り知らぬまま

乾いた筆先を海水に浸しては

クルクルと振ってみる

空中に円となる雫は

踊りながら

やがて海に還るばかり

 

水の境界線は勢いよく迫り

物言わず引いては

丸い地球に

永遠を約束している

白砂に沈みゆく両足

その輪郭をなぞりゆく

色なき流形線に残された

石灰岩の欠片が

白く光るのを

静かに見守った

 

視線の動きとそれが捉える世界を確実に定着させようという試みですね。そこに感慨を込めて。よく推敲されているとおもいました。長さを少しみじかくするというのはどうでしょう。外部世界がくっきり視線につかまえられる手段になるかも。このくっきり感のある外部世界は、即、詩の内部世界に転じます。しかも手でさわれる内部世界です。詩的リアリティーです。(千石記)

 


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