白南風の詩たち(21年7月)
雨の季節がつづておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今月の投稿作品は2作品、伊東ともさんの作品と相澤ゆかりさんの作品を掲載させていただきます。
作品のご投稿もお待ちしております。詳しくはこちらから。
灰色の 伊東 とも
誰にもあげられないもの わたしの記憶にどこか眠るだけのものは 2021年の春
曇り空が 色を重ねづけているあいだ 鳥たちがぐるぐる旋回していく 若緑色の桜の木々のむこう 視界が切りとられたなかでの光景は そのまま 全部 わたしのもの
それから思い出そうとしては 眠りに引きづられて わたしも またすこしずつ 灰色の春のかたまり
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すぐに歳をとる 相澤ゆかり
「若いって凄いこと
そう呟いたのは 若い頃 凄かった人 ハイヒールを音高く鳴らして 男たちを睥睨し 世界をリズミカルに歩いた
「周りは男ばかりだったけど 思いっきり生きるのよ だってすぐに歳をとる
「男たちはいつも女の子の若さ 可愛さばかり見てるけど わたしたちの実力や可能性は そんなもんじゃない
「恋愛? もちろんしたわよ いい人がひとりいて 一時期 身も心も捧げたわ だけど最後は プライドをズタズタにされた
「あの人 けっきょく 男 男は男だったのよ いい勉強だった いい勉強なのよ そう考えないと老けちゃうわ
「あなた あなたも すぐに歳をとる 男にだって ほんとにいい人はいるよ きっと 思うとおりに生きなさい」
若い頃 凄かった人は そう呟いて 視線を遠くに走らせ ゆっくり車椅子のブレーキを外した
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|世話人からの講評
・千石英世より
「灰色の」:「視界が切りとられた」と限定された世界の奥に「眠りに引きづられて」いく、このぞろりとした倦怠の感じ、うつな感じ、負けていく感じ、それでもある種のぎりぎりの主張がある、このどうしようもない矛盾をよく捉えていると思います。「春」という季節の矛盾な感じに一致します。
「すぐに歳をとる」:セリフを語っているひとが、「車椅子」使用者であると最終行でわかって、意外でした。この女性が何歳くらいなのか、「ハイヒールを音高く鳴らして」の活躍は、ひと昔前ふた昔前の光景かとも想像しました。となると50歳から60歳でしょうか。それがちがって、今もなお30代から40代もありかと。いずれにしても、この女性の人生ドラマを覗き見たい気持ちがおきました。もちろん、この聞き手の反応と、その葛藤も!
・平石貴樹より
「灰色の」はなんだかわからないけれども気分として感動させられました。なんだかわからない領域へ抽象化するエネルギーが伝わったのかもしれません。
「すぐに歳をとる」は、おっしゃるとおり・・・・・・という感じかな。
・渡辺信二より
「バートルビー」の語り手が「この通り、空もあるし、草もある」と言っても、説得が無理だったように、我われが人間である限り、やはり大事なのは、天でも地でもなくて、「人」間性でしょう。でも、人であるとは、一体、どういうことなのだろうか。これに関して、「灰色の」は、自然と記憶の視点から、「すぐに歳をとる」は、ジェンダーの視点から、色々と考えさせます。