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あさひてらすの詩のてらす

秋霖に佇む14篇(25年9月)

幾日かの断続的な雨が降り続いた後、暑さが和らいだ空気の変化から、我々は秋の訪れを感じるようになります。暑い暑いと言って過ごした日々もすでに過去になりつつある今日この頃、14篇の詩をお届けいたします。「秋霖に佇む14篇」ぜひご一読ください。


 

秋霖に佇む14篇

・社会へのアンチテーゼ

・わからないけど

・病人の館

・意識

・縁側

・天空の鳥

・ゴミ屋敷メヌエット

・母の掌上で

・日曜日の終わりに

・クタクタのうた

・記憶

・一色のパズル

・コール

・夏色

 

 

社会へのアンチテーゼ

針崎 冬鷹

 

今もまだ夢を見ているのだろうか

橙色の灯りが揺れる部屋で

4畳半に怠惰な生き物が

ひっそりと息づいている

布団の温もりに包まれて

かつて才能があると自覚していた

光る何かを持っていると信じていた

好きなことに必死になって

嫌なことから逃げた

でも行動力がなかった

仲間がいないとその1歩を

踏み出せずにいた

気が付いた頃には夢も見失って

明日の社会にただ怯える

生き物になっていた

この魔法のような世界から

抜け出せるのだろうか

電車には会社に向かうサラリーマン

イヤホンをした高校生

見えないつながりの中を歩く人々

先行きのない未来を想像して

気持ちがわるくなる

涙がでそうになる

1人で4畳半の部屋から

社会を見つめている

 

 

わからないけど

麻倉まゆ

 

少し、変に聞こえるかもしれないけれど

 

時々、どしゃぶりの雨の中 踊りたくなるの。

ジャンプするたび 自分のまわりに

波紋が広がるのが見えて

 

体から 雨粒が落ちていくのを 見つめるの。

 

それはまるで 自分がちゃんと

ここに存在しているって

 

確かめようとしているみたい。

 

 

病人の館

鏡ミラー文志

 

病人の館 ここには、雨が降らない

風が吹かない 嵐が起きない

でも、安全なんだ

病人の館 ここでは、空が晴れない

虹が見えない 花が咲かない

でも、安心なんだ

病人の館 ここでは、夢が見れない

愛に触れない 恋を知れない

でも、健康なんだ

病人の館 もっと、穴を掘りたい

もっと、愛を知りたい もっと、恋を知りたい

僕、若者なんだ

病人の館 もっと、解を知りたい

もっと、問いを出したい もっと、舞踊りたい

上手く、踊れないんだ

病人の館 もっと、全部知りたい

もっと、前後聞きたい なにも、看護要らない

僕、欲しくないんだ

病人の館 なんもかんも、知らない

なんのかんの、言わない タンゴ、サンゴ TIL I DIE

僕に、教えて欲しいんだ

 

 

意識    

ヒンヤ

 

酒を飲むと こめかみ辺りが 脈打つ

音楽無しの 場所では それが顕著に 分かる

そしてそれは 俺の意識を 際立たせる

読みかけの新聞を 隅に置いて

学も無いのに 哲学書を開く

何度も何度も おんなじページを反芻する

「酒のあて」みたいに

意識の所存を 知りたい それだ

ハイボールのソーダ音が 後頭部に響く

 

 

縁側

とし

 

ぎっしりと詰まった小さな黄色い粒々

鍋でぐらぐらと茹で上げる

笊の上で湯気を立てているやつをガブリ

冷蔵庫に入れて冷やしたやつをガブリ

 

カブトムシにスイカ

猫にまたたび

夏の午後にとうもろこし

 

空にむくむくと広がる入道雲

とうもろこしをかじる

風鈴の涼やかな音色を聴きながら

 

 

天空の鳥

SilentLights

 

朝露をふくんだ 草のうえ

夏草のかおり

横たわる 少女の瞳に

青空がひろがる

澄みわたる風と 朝日のきらめき

かなしみは 大地をはなれ

空のよろこびへ とけてゆく

少女は いま

鳥になる

白い鳥よ

はてしない空へ

もっと 高く

もっと 高く

 

 

ゴミ屋敷メヌエット

酒井花織

 

今日はピアノのレッスン

こっそりAIにも弾き方を教わった

三拍子のメヌエット

とにかく一拍目を強くだ

1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3…

 

ところが先生が言うことには

「一拍目に気を取られすぎて三拍目が短すぎます

それにドミナントとトニックというものもあって

必ずしも一拍目を強く弾けばいいというものでもないんですよ」

 

先生に注意されないと自分のまずい所が分からない

つまり音楽を聴く耳がない

センスがないんだわ

 

家に帰って 壁にカビが生えていることに気づいた

ああ これ 昨日夫に拭いといてと言われてたやつだ

忘れてた 気づかなかった やばい

 

ゴミ屋敷育ちだからどうしてもこういうミスが出てしまう

ん?それってセンスの欠如?

違う 育ちの悪さだ

注意されれば治る

 

ピアノのそれももしかしたらそうなのかも知れない

何物にもなれないのは明白だが

少しはセンスがあると嬉しいよね

よし 掃除もピアノも頑張ろう

1 2 3 1 2 3…

 

 

母の掌上で

網谷優司

 

夢の中で母が言う。おばあちゃんのように家族のために生きるのが良いのよ、と。

 

なんだ、そんな生なら悪魔にくれてやる。眠りの中の声のはずが寝言となって母に届く。

 

すると、僕の呼吸が苦しくなる。息が、できなくなる。あぁ、死ぬのだな。かまわない……。

 

かまわない?

 

生への意志、我々。もう一度死を!

生への意志、我々。もう一度死を!

 

死にたくない!

 

呼吸が戻ってくる。恥とともに生きるのだ。

声にならないかわいた嗤いで僕は再び目を覚ました。

 

 

日曜日の終わりに

倉橋謙介

 

夜空に向かって

見えない放物線をなぞるように

飛ばしたグリンピースは

流れ星になる前に

ジャンプした犬に食べられてしまった

つまらなかった1日は今

つつがなく終わろうとしている

発射台のシュウマイを食べながら僕は

君が夜中に

電話してきてくれれば良いのになんて

身勝手なことを思いつく

そうしたら

とっておきのいちご味のアイスは

今日食べることにするのに

見切りをつけられた日曜の端で

月曜日の好きになれそうな所

探したくなるまで話ができたらな

 

 

クタクタのうた

ぜんぜん

 

ゴミのようなぼく

 

ヒョイっとよけられて生まれたのがこのぼく

だから いつまでも世間に馴染めない

はみ出したままの 不良品

 

ゴミクズの様だと何度も罵られながら

それでもヘラヘラと笑って誤魔化す

情けのない俺が いまを生きる

 

こんな情けのない俺にも

家族がいるのだ

 

ヤクザのような女と

気が狂いそうになる我儘娘と

誰かし構わず 噛みまくる

獰猛な犬と暮らしてる

 

 

ゴミのくせに自我を持ってしまうと

死にたくなる

 

 

でもゴミだから やっぱりこんな状況でも

ヘラヘラヘラヘラ

情けない私

 

ヘラヘラヘラヘラ

命が削られているのに

情けない人生だこと

 

仏様もぼくをゴミにしたいのかな

それが一番悲しい

 

 

記憶

七海独

 

二〇二五年八月の風鈴の音を、

私は死ぬまで忘れないだろう。

自由とはこういうものだと、

知ることができたのだから。

人々だけではなく、

時間までもが私をおいていく中で、

日々の風鈴の音だけは、

私に寄り添ってくれたのだから。

二〇二五年八月の風鈴の音を、

私は死ぬ時に思い出すだろう。

渇望し続けた自由を、

手に入れた証なのだから。

その音と共に私は、

安らかな眠りにおちるだろう。

 

 

一色のパズル

yasui

 

完成図は四方一色で、白色のパズルがある

そのピースには個性がない様に思える

ピースの凹凸だけが噛み合わせを求め、結合する

本来、パズルは凹凸の結合によって一枚の絵となる

一色のパズルは、結合を重ねピースを又象る

只々、ひとの心を一色に染める為

大地に降り積もる、雪のように

空を照らす、日の光のように

完成した一色のパズルを、何枚も並べてみる

その四方は曲線になっている

噛み合わせによってあらたに一色のパズルとなる

 

 

コール

南野 すみれ

 

コール音が鳴りつづけた

 

小鳥が、

飛び立つ

と思ったのに

気づかない

ブレーキが

踏めない

上半身を折り曲げて

ハンドルを握りしめて

声を限りに

叫んでいた 現実世界で

出せなかった

叫び声を

あげて あげて

―途切れなかった

 

口を塞がれ

抱きしめられる

夢のなかで。

 

五時間前、助けを求めた

コール音が

耳の中で反響している

 

残夜、

 

 

夏色

小村咲

 

川を押し出すように

膨れ上がる白い雲が

蝉の声を心地よく包んでゆく

爽やかに青みがかった衣を纏い

空という名にかけて

夏のかけらを

晩夏に向かって掻き集めている

 

みずいろの日傘の下で

私は流れる音を聞く

透明であるはずの液体は

大きく畝って模様を作り

動きを成して光を跳ね返す

 

白鷺飛び立てば百日紅

川の向こうは長いながい白壁

あまりにも抜ける空の下で

水曜日バスを待つ

晩夏の風に前髪が揺らされて

私はこれで良いのだろうかと

彼の笑顔に光る

瞳の色を思い浮かべた

 

 

世話人たちの講評

千石英世より

社会へのアンチテーゼ

分かります、といっては、ぶしつけないい方になりますが、説得力あると感じます。5行目まで地味な出だしです。でも、着実な描写ではないでしょうか。シメの5行も苦い味が、じわーっとあっていいのではないでしょうか。つまり全体、いいなあと思います。何行かずつの連に分けてみてはどうでしょう。

わからないけど

共感するものがあります。最終行のあとまだまだ続きがありそうな感じ。ことばで舞ってはどうでしょう。いや、この詩自体、舞ってますね、踊ってますね!「それはまるで 自分がちゃんと/ここに存在しているって/確かめ」た、と。

病人の館

リズムがあって、勢いがあっていい感じです。最後の行にもう一行、キメ台詞がほしいですね。でも、あまりキメ台詞っぽくなってもミエミエになるので、それにキザっぽくなるので、難しい所ですね。願望の詩ですので、最後には日常風景にもどるのも手かもしれないですね。

意識

しみじみとした感じ、しずけさ、好意を抱きます。

縁側

かわいい!おいしそう!……ごちそうさまです! と言いたくなります。

天空の鳥

さわやかな言葉のならびが心地よい詩です。

白い鳥からの折り返しの言葉も聞けたらとおもいました。

ゴミ屋敷メヌエット

タイトル秀逸、つづく詩行もおどっているようで…ほがらかな感性に好感を覚えました。

母の掌上で

リアルです。生死のはざまのアリサマが伝わってきます!ただし、タイトルが分かるようでよく分からないのですが……。

日曜日の終わりに

11行目まで秀逸! 出色のでき! 最後の3行がよくわかりませんでした。でも、ぎりぎりいい線いっていると思います。

クタクタのうた

ねばりづよい自己省察だと思います。ゆるいコトバを使っているが、なかなかここまではつっこんでは書けない。各連に一個づつ読者の目を撃つ痛烈なコトバが入っていて、この工夫もいいのではないでしょうか。

記憶

「自由」をさまたげていた事態はどんなものだったのだろうと想像します。

一色のパズル

この一色が何色なのか、謎ですね。透明? 白? 光り色、ステンドグラスみたいに?

ことばの運びに面白みがあるなあと思いました。

コール

「残夜、」という語がふつうに使われる語なのかどうかを措いて、シチュエーションの展開をフォローすることが難しかったです。が、むしろそういうシチュエーションだったのだということ、それを書いているわけで、その切迫は十分伝わってきます。

夏色

流麗な調子が外景を描いて行きます。「彼」との距離がやや不明ですが、そばにいるわけではない、今から逢いに行くのですね。外景が「私」を力づけてくれるのか、「私」が外景を「押し出す」のか、微妙に面白いところです。

 

平石貴樹より

社会へのアンチテーゼ

 実感痛烈です。

わからないけど

 タイトルをふくめてすばらしいと思います。

病人の館

 閉塞感ですね。

意識

 「所存」がよくわかりませんでした。

縁側

 とうもろこしのきれいなCMのようです 

天空の鳥

 少女は鳥にならないほうが詩になる気もします。

ゴミ屋敷メヌエット

 これ、小説にするとよかったかもです。

母の掌上で

 母親の呪縛というのもありますよね。

日曜日の終わりに

 すばらしい。発射台のシュウマイはなくてもいいのでは?

クタクタのうた

 よく書けていますが、仏さまの心とは違うと思います。

記憶

 何かあったのでしょうか。

一色のパズル

 最終2行が寓意的で感心しました。

コール

 怖い夢の記憶ですね。

夏色

 風流でうらやましいです。

 

渡辺信二より

社会へのアンチテーゼ

現状認識が、「この魔法のような世界」で良いのかと、作者が主人公に問う場面があったほうがいいかも。

わからないけど

雨に濡れると、自分が溶けて自分が解放されてゆく。

D.H.ローレンスの『チャタレー夫人の恋人』にも似たような雨の場面がありますね。

病人の館

歌詞として、音をつけるといいかもしれない。

なお、"TIL I DIE"は綴りが違っていますが、村上春樹など(?)に従ったのでしょうか。

意識

「意識の所存」はなかなか、これだというわけにはいかないでしょうが、追求するに値しますので、ぜひ、解明して下さい。あるいは、せめて、ヒントが欲しい。

縁側

季節感がよく出ています。いい縁側です。

「夏の午後」は、「カブトムシ」「猫」とちょっと並列にはならない。

天空の鳥

この「少女」は、もともと「鳥」になりたかったと受け止めていいのですね。
今、彼女は、どんな気持ちなのでしょうか。

ゴミ屋敷メヌエット

「ゴミ屋敷育ち」って、どういうことなのか、不明のまま、受け止められずにいます

母の掌上で

この作品の転換点となる「呼吸が苦しくなる」のは、なぜなのだろうか。母の意思?
自意識? 

日曜日の終わりに

食べ物をベースして、「君」への想いが語られる。
例えば、「いちご味のアイスは/今日食べる」詩的必然性を、読者も、作品のなかで納得したい。

クタクタのうた

クタクタ、ですか。「ヘラヘラ」の様子はよく出ています。
なお、内容は違うが、「ゴミのような僕でも」というタイトルで、初音ミクが歌ってますね。

記憶

「八月の風鈴の音」だけで十分伝わるものがある。
これを、「二〇二五年」と限定する時、もう少し詩的介入が必要だろう。

一色のパズル

「四方一色」は珍しい言葉使いです。それは、比喩か、描写か。「人の心」との関係はどうなっているのだろうか、もう少し知りたい。

コール

コール音とは呼出音のことで、一般的には、多分、発信者からの呼び出しを受けて鳴る音のことなので、それが聞こえる場所にいる人とは、登場人物なのでしょうか、作者なのでしょうか。ちょっとすぐには理解が届かない。読者として混乱する。
最終行「残夜、」と読点で終わるのは、どうも、馴染めない。

夏色

小村咲さんの作品には、潜在力がある。でも、今ところ、詩人は、そこで立ち止まる。一歩踏み出すためには、多分、「私はこれで良いのだろうか」という問いを突き詰めることが大切でしょう。それも作品の中ではなくて。それとも、「白鷺飛び立てば百日紅」風の俳句の境地に転向するかです。俳句は俳句で、もちろん、真っ当で価値あるものです。ただ、詩人の中で生まれたがっているはずの詩を産むつもりなら、三好達治や立原道造のように、あるいは、ロバート・フロストのように、「自然と語り手の感情的交換がしっとりと表現できる」、「一人称の内面と自然とが統合される」、あるいは、「自然が主体の心の奥を映し返す必然性を表現する」ような潜在的な力が言葉となることを期待します。

 

 

 

 

 

改稿作品

ここからは以前の掲載作品で、世話人のコメントを受け、作者によって書き改められた作品を掲載します。今回は1篇、お届けします。

 

一方通行

網谷優司

 

僕が持っていた愛なんて、歪で身勝手で、もはや醜いと言ってもいいくらいのもので、それは幼子を胸に抱く母に芽生えると想定されているものとは似ても似つかない。おなじシニフィアンで、愛という漢字で、それを記すことの欺瞞よ! 自らを恥じよ!

確かにそれでも僕は、君を、それを、そうしたものすべてを心底愛するにはうまい俳優だった。どうしてもともと歪なものをそんなに足蹴にする? これは我欲へと君が突き付けた復讐か? 底が知れた浅さへの決別か? その場しのぎで愛した過去の崩落を知ったいま、これから何を愛することができよう? 一人きりの恐怖。 君の冷えたわらい声が頭中にこだまする。僕は君にすがった。君は僕を愛さなかった。君はそのことをいつ確信したのか。ハッピーエンドに巣食う醜悪から僕は目をそらしていただけだ。君からの返礼は永遠に届かないのだろうと思った。

 

濃密な文章になっています。「僕」と「君」の関係修復の困難さが濃密に伝わってきます。悔いの重さも。文章の「てにをは」を、整え、正確を期した成果ですね。正確といったのは、困難な事態に距離をとることができたということの現れでもあるようです。そうした正確さが文章(散文詩)に迫力をもたらすのだとおもいます。 

(千石 記)

 

 


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