「なくならない世界」と15篇の詩(ナカタサトミ)
今回は16篇、ナカタサトミさんの作品を掲載いたします。すでに掲載している「『美しい祖父』と10篇の詩」と「『八階の女』と7篇の詩」、「『二十五歳』と9篇の詩」もぜひお目通しください。
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傷物
不安が降る 秋の日のぬるい雨として降る あの人と現在の友人知人恋人たちとの 年やら背格好やら仕草が似ているだけで あのことも望んでいたのだろうと 人様に言われてしまうような気がするし あるいはなぜ傷をなぞるのと問うてくる 想像力のない救世主の群れを引き連れて どこまでも歩いていくのか いずれにしても不安という雨粒をはらい 乾いたまま遠い町につく 今日中に (すなわち不可能の生をやっているのだ) 自分の祖父のぎらぎら光るあのまなざしと ちがう誰かのやさしい目を同じものと思い 路上の犬の糞として扱うことをしなければ 私のプライドはなかったものになるのか (こうしているとみんなカエルみたいね) よそで非道い目に遭わされたとき 憤慨する祖母にやさしい声で祖父は 「孫が傷物にされたやら言わんちゃよか」 と言った すばらしい口止めになると わかっていたのかそうではないのか 男の恥は私の恥か 私の恥は家族の恥か 祖母の怒りも愛情からではないと 幼いながらにわかっていた |
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インターネット文学
自他の生命に簡潔であることを求める 多重反射の人波から逃れてときどきは 眠いと手足が温くなる感覚や ほどよい空腹や 生と死の境目が柔らかくとける 悲しい幸せへと私は向かいたい 瞬間的に読み読まれ名付け名付けられる 正気を前提としたせっつくような体制 人間という根深い不幸せを 置き去りにして定義された人間らしさ 字数制限 燃えあがりくすぶる言葉たち その地点を少しだけ離れて |
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あの子
他のすべての人々と同じに 年上のあの子は完璧ではなかった しかしより善く生きようとする 数少ない人々のひとりだった これから先重ねていく時間を持たない ふたたび出会う日まで長い時間をかけるべき 存在のひとりになってしまったと あの子のお母さんが悲しみのなか 静かに教えてくれたのは つい昨日のお昼どきのこと 水槽の魚やデスクの猫が去っていくとき 数日泣きどおしになる私が ヒトで泣いた日はあの子がはじめてで 自分自身のそれについても 切実ではあれど生々しくはなく 心が冷ややかなのだと考えていたのに 覆っていた密雲があっけなく晴れて 刺さるスカイブルーに目が慣れない 年下の私はいつか年上になって あの子をあの子と呼ぶことも奇妙でなくなる |
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〈大人〉の誕生
君がさっさと死んでしまい 青年のまま不完全な天使になったとき 私のゾンビの身体には生々しい命が 隕石として墜ちてきて やがてじんわり馴染み ふたたび物心ついた 他者や言葉のやりとりや存在の重さ どこか下手くそな書き割りであったために だからこそ耐えがたかったものたちが 葉脈のようにあるいは犬の体臭のように 立ち上がって惜しまれる 死にたいねと互いに呼びかけることで 生き延びてきた霊魂のあにいもうと 兄さんはいなくなるとき 妹を息吹かせて行った |
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シブリング
雨がつづく この血縁のいない街で 宿願の脈打つ身体を得 トルソーを色なき風で満たしている 子ども時代を縫いちぢめられたために 凶暴かつ淫らで乱高下気味だった少女の私と 少し似た傷口を持つおとなしい若い紳士とが よそもの同士の親しみを契り十年 死に別れて他郷に遺されてからは数日 少女がわが身ひとつのまま少女たちになると 複数を単数にするため 彼は自分のできるかぎりをしてくれたものだ 命ある人ならみな知る誕生の神秘を 恥辱の相続として押し付けられ育ったからか あの人を子の父となしてやれることはなく いまは不在の冷たさへ静かに流れ着いたので ほんの数日前までに交わした言葉のうち 温いものだけ脳髄のステレオに再生するが それらの音質がすでに粗いのは 愛しむ力のなさけない貧しさか 出来事の唐突さが見せる幻惑なのか 部屋のベランダを濡らす無数の羊水の粒に けぶる景色を電車が日に何度も裂いている この先は記憶の外に生きる誰かが 私の湿度を一緒に抱いていてくれるのか |
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告白
君が私に「好きだ」と言ってくれたとき 本当は殺してやろうかと思っていた ちょうど今日のような秋の日の夕方 大切なともだちの君に 震え声ではじめて打ち明けられ 嬉しさもすまなさもままならず わなわなと脊髄を怒りで満たし なんとかうつむいて黙っていた ともだちになろうと決めたのは 特別目立つタイプではないけれど 人生の早くにさびしさを知ったために 物わかりよく育ってしまい クラスメイトの父親や先生たちや 自分の祖父や母さえも憎まざるをえない いやなことばかりが重なり 年の近いお兄さんならかえって 放っていてくれるだろうと気を抜いたからだ それは君も承知でともだちになったのに 腹が立ったそれでも やがて私は許し恋人たちとなり夫婦にもなり 別れてからもともだちだった それなのに 君自ら死んでしまってはもう 殺してやることもできないじゃないかY君 |
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いる私いない君
十歳からつづく不眠症のせいで 午前一時や二時になっても眠れないでいると なぜだか君も目が覚めて 連絡をくれるというときがあったね 私たちの間には互いに対する霊感が 絶え間なくはたらいていた はずだ (雨が降る前の匂いやイントロクイズで過去 一度聴いただけの曲がわかるようなもの) 君の電話をとれないのがいやで くだらん男に会いに行くのを なんとかよしておいた夜もあったし お酒で眠剤飲んじゃいけないよって 私には言い聞かせていたくせに 君と私は早くもあの世とこの世とに隔てられ 死にたいと話し合いながら心のどこかでは おじいさんとおばあさんになりたかった 私だけがどんどん健康になっていくんだろう モノにも人にも愛着を持ちたがらず かなり気をつけていたつもりだったけれど 実際にはうまくいかなかったから こんなに悲しむことができたのだろうか 恋と同じ熱量で考えつづけ いまでも少しだけ未練がある 死は意外にも平凡な衝撃であった |
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発芽
皿に残した豆が誰も見ていない時間に 黙って芽を出したらしかった 遠い町から母がやってきて けっして目を合わせず私のそばに鉢を置いた 「忘れられても育つとよ」 私自身を見たのはあの朝が最後だった |
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ロボット
孫のようだと言われて 私はその人を殴ったらしかった 警報装置が壊れた身体を 地雷原にも似た心をもてあまして それでも帰ることのできるふるさとがない 壊れていない自分を みんなに見せてあげることができない 愛されるのがおそろしいので 親しくなるのがむずかしい 仲良くなれても 長くつづけられなかった人ばかりだ 公園沿いに線路がある 病院のそばのコンビニ コインランドリー お菓子の自動販売機 金物店 マッサージ ごみ捨て場 自然食品 マルトリートメント ファンシー雑貨と呼ばれているもの 若い女の子と呼ばれている人 クラフトヴェルク ギャンブル ガムと痰 私は野良犬を見たことがなかった それでもたましいが 棄てられた動物のかたちをしていて まちがえた場面で噛みついてはなさない 生きていくのが怖いのは 誰もが別の誰かに似ているから やさしいものと危険なものは同じ匂いの 果物と毒の果物で 並んで狙いすましているから どうしたら祝福されますか? 戦場へもつづく空は青い |
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自己暗示かもしれない
どうか焦点を視野とは呼ぶな きみは裂け目を世界と呼んでくれ 反復とは責任を負わんとする姿勢 だから私の名前は狂女だけど 生きてみる価値はある ピンク色の雲から 割れやすい翼もつ天使がいつか降りてきて 見捨てられた子どもたちを さらっていってくれるから 待ってみる時間はある 昔のことはいつまでも 根にもたなければいけない うらめ 噛め そのまま噛み千切れ 都市を去勢して 一匹のてんとう虫だけが残されたら 天使はほくそ笑んでかれを連れて帰る ヘンリー・ダーガーの王国が雲の上にある 生きてみる価値はある 待ってみる時間はある |
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ヒストリー
思想のない人と話してもつまらないと つねづね思っているけれど まちがいも保留も許さないあなたといるとき 私はうまく考えることができなくなる マニラの市街戦について果たすべき責任を 真摯なまなざしで語った研究者の祖父も 小さな私を犯した 大ニッポン帝国の男たちが 植民地の女たちに強いたことを 教えてくれた祖母は祖父を簡単に許した 政治性には子音と母音とがあって どちらかだけでは物語にならない 歴史の痛みに心を寄せながら 妻や子や孫を陵辱することもできる みずからの痛みにかまけて この国のよごれた手を見ないのもまた愚かだ 泣きながら手首を切る母をかばってきたのに 私はやさしくなれなかった 泣いている人を見ると殺してやりたくなった できるだけ苦しむような方法でね 十二歳までオッパイを吸っていた 十八歳までいっしょにお風呂に入っていた 私は彼女が幼いままの両目から流す 涙の羊水で溺れかけていた ママは私よりも少女だったから たぶん 抱きしめられたいなんて思わなかった ある時期からしょっちゅう ブレーカーが落ちるようになって 周りの人たちを怯えさせた ほんとうはもっとやさしくなりたいんだ |
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なくならない世界
私が私自身へとふたたび生まれつくとき うすむらさきの花が目をあいて 秋風の官能を啜る 季節の対岸から見ていた父なるキンポウゲは 安心して萎れていくことができる 愛をうたがう者は同時に信じている そのように花も季節もふたたび たとえば ヒロヒト天皇に似た顔の眼鏡の人が 前から歩いてくる 私はつむじ風にスカートをめくられて その無作法に腹を立てている (さっきのあの人パンツ見たよね) 俳優マリリン・モンローは 銅色の髪をブロンドに染めていたというが 私は母にあこがれて黒髪に染めていた ちかごろ散歩中に見かける誰かの飼い犬は マッカートニーのマーサそっくりだ 父親の名前のチャイニーズキャラクターを 思い出しながら夜にドレッサーの鏡を拭く 億億醤と同じ髪型の少女や 可可小愛のような双子の赤ん坊がいる T.R.バンディの美しい顔と二重写しになる 気弱な青年とデートしたけれど つきあうことはなかった マレーシアのチョコレートをくれた 親戚の小父さんはどうしているかしら 金子光晴の古い詩集の『雨の唄』のページに パリ生まれのお菓子の包み紙をはさんでいる 誰か私を見つけてくれる気がしているよ |
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受肉
わたくし詩と申します こちらは詩人のナカタです わたくしたちはガイノテクストと女です わたくしを読まれるときこの女の寝顔は なめらかな父の胎で眠っているようです いつもしかめっ面しているくせに かわいいんですよ 読まれつづけて死んでいく…何度もね ああたしかに バタイユのいうあれのようでもありますね 読み書きはサドマゾヒズムかもしれませんね でも人間マジでやばいときは文学でも性でも それだけではどうにもなりませんから 言葉の力がどうとか気休め言うのは嫌いです わたくしとナカタは精神医学を信じています わたくし自身がですか? 眠りの糞であるところの夢みたいなものです いないないばあで顔を覆う手 手の向こうにある百面相 六甲山の南にある この町の人々の海は瀬戸内海です けれどナカタの海は大村や諫早や有明 そして博多 ナカタのともだちのYさんは死にました けれども彼はこれから先は象徴を生きる この男の人はぬいぐるみの死について かれが忘却され愛されなくなったとき訪れる と言いました わたくしは夢です ナカタもほんとうはいないのかも… ただ狂えなどと無責任なことは申しません それでもただ狂うことでのばせる命がある パロール パロール こんにちは 肌寒いですね |
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匿名のSWへの手紙
パパ あなたは私だけの王様 きょうも一晩だけ買います 新聞がみを踏むことがいまだ瀆神に思える ××に陛下とつけてしまう私が どうか上手に踏みはずせるように めちゃくちゃなダンスを教えてください 体系化された宗教を 信じているわけではないにもかかわらず 強迫に悩まされるつらい夜にそばにいて なにも考えられなくしてほしい 祖母や母への贄として男の人を傷つける そういうあやまちにも 自分でうんざりしているのです 父親を愛していた事実を告解としてではなく イノセンスとして語りなおしたいのです 血縁の父はこの際脇においてしまえるのです 不在が私を飢えさせるシステムを たらちねの家族へのうらぎりとしてではなく 風景と同じに見ることができる あなたの労働と私の想像力がつくる 120分間の虚構によって |
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Kへの二通目の手紙
どこを見ても あの人 あの家 あの本 あの言葉 あのユーモア あのささやき あの指先 あの匂い あの眠り 逃げていくところがないなら こちらから追いかけまわせばいい 都会の男が田舎の女を見るときのあわれみと 粘っこい親しみを突き返すようにして 鏡よ鏡 恋した気持ちはほんとうだったけど かれの醜いこころを見せておくれ 遅ればせながら大人になりはじめ 花の佳い匂いがわかるようになってから あのりねんの肌に染みついた スペルマの苦さをも知った 私は蛇のような女だから 血の一滴 汗のひとしずくに至るまで 人をうらむちからがある ああ 私の堕ちた神様 お母さんになってあげましょうね 弱っていくあなたになら 溺れそうな愛情をそそぐことができる 桜の樹の下には屍体が埋まっていると むかしの文学者も言っていたし あなたの醜悪さゆえに 私は垢抜けない少女ではなくなるのです |
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不協和音
時速1700kmで立ち尽くしながら 夜の匂いをかいでいる いっそ戯れるつもりで 部屋に少しだけ風を入れてやる ひんやりとした渦の大人たちに もう怯える必要はないのだから (私は結局さびしい生き物が好きだ) ビルはいいよね 父のようで 電車もいいよね 逃げていけそうで 呼吸みたいに食べて吐く女の人や 病気をして三本足になった犬も この町には暮らしている 下品な金持ちや 育ちの悪さを誇る歪な切実も (私自身といてもさびしい) そして絶望をすることができない人といても サブスクリプションの間にはさまる 広告と同じ退屈があるだけ ああ 若いころ美しかった男ともだちの つむじの向きをまだたしかめていないや 歌とピアノは知っているのにね |
〈世話人より〉
傷物
出だし11行まで快調。全編1個の文章(長文)という特色がみえますが、いや、3個の文章かもしれない。いずれにしても後半へとつなぐ意識があっての長文と解しました。その後半、話者の身内らしき人物への言及から、話者の視線の向きが、高さ低さ遠さ近さに関し作品前半と異質となる。それを作者の志向とするかどうか。無意識的なものなのかどうか、判断に迷いました。タイトル、これで詩想の熱さに耐えられるか。
らしい!
インターネット文学
和歌には詞書付きの作品がありますが、この作(行分け詩ですが)も詞書付きの作品にしても訴えるところのある作品ではないでしょうか。
あの子
ここまで詞書付きの作品の可能性をコメントしてきました。ここも同様に思います。詞書付き詩編とは散文世界への門ににじり寄ることかもしれません。詩から散文へにじり寄り、越境していった詩人たちのことをおもいました。三木卓や富岡多恵子、ほかにもいるかもしれませんが。
〈大人〉の誕生
この作は比喩が、それが隠喩であれ直喩であれ、見事です。その分、詞書付き作にはならない、詩が単独で立っている。比喩が現実を突き放している。現実を引きはがしている。といって詞書付き詩編が、そうじゃない詩編に劣るというようなことではなく発想の形の問題です。
シブリング
散文性の勝った文体になっています。上記「詞書付き」のコメントと関連する特色がでてきました。何か演劇の一場面、人物が舞台袖に一人登場し語りだす独白場面の雰囲気です。テネシー・ウィリアズの『ガラスの動物園』。
告白
散文世界への門が見える! 11の舞台のつづきです。
いる私いない君
散文性のかった作です。行分けせず散文として書けば小説の一節になりそうです。
発芽
いい短詩だと思います。これを連構成にしたらどうなるかと思いました。
ロボット
いいと思います。ディストピア的だが活気がみなぎった世界、荒廃と憧憬の交差、激突の感じがよく出ていると思います。
自己暗示かもしれない
苦悩の底から天をあおぐうめき声が聞こえます。
ヒストリー
事態の厳しい描写が、断片的かつ肉片的で読者としてフォローしきれるものではないが、その暗いあらあらしさには、圧倒されます。語る力があると感じた。
なくならない世界
語りの方向性が遠心力を帯びてきている。今まで、といってどの範囲を今までと言っているのかはっきりしないが、ともかくも今までの魅力的な作は、求心的、急進的情念の世界だったとすると、ここにきて遠心力を帯びてきている。散文性ということか。
受肉
いよいよ散文性を帯びてきている。この先詩人はどうふるまうのだろう、目が離せません。
匿名のSWへの手紙
いいと思います。タイトルもいいですね。内容もいいと思います。「たらちねの」の一言、とくにいいですね。神話的世界へつらなる一言。
Kへの二通目の手紙
いいと思います。リズムがあって、悲しくて。歌っていて。痛切なアリアになっていて! 神話的です、妖精的です。
不協和音
散文性を帯びた文体、というか、行文になっているように思います。そこに「Kへの手紙」の秘める神話的、妖精譚的展開と風刺的悪意譚が合流し、それが「不協和音」であれ、「協和音」であれ同時に鳴り響けば、別の高い深い境地が出現するような気がしますが、どうでしょう。でも現状も、厳しくも泥熱湯の世界を展開しているので、このままこの線を極めるのもなお興味ふかいです。
総評として
手元に頂戴した作はたくさんといってよいほどの数でした。すべて拝読しました。どの作も熱い世界を実現していて御作への驚きと感銘は持続しています。このたび私なりに気づいたことをざっくり言うと、散文への接近ということでした。作の素材というか傷ついたマグマというか、それへの向かいかたにこれまでとはわずかな違いが感じられました。これまでの作は痛烈な求心性にうながされた修羅世界への接近、というか激突だったとすると、そしてその実況をたくみな、とは偽りなきという意味ですが、そんな力業的措辞で作品化したものと解していますが、今回拝読した作にはそこに遠心力が働いていて、その魅力が感じられました。遠心力はたよりなげで、求心力に比して扱い方が難しいかもしれませんが、詩の世界から散文の世界へと越境していった先人は少なくないように思います。といってそれを促すなどという立ち入ったことを言っているわけではありませんが、そんな感じをもつにはもった次第です。文運をお祈りします。
(千石英世 筆)


