「詩人の墓」と13篇の詩(ナカタサトミ)
今回は、ナカタサトミさんの作品を14篇掲載いたします。すでに掲載している「『二十五歳』と9篇の詩」、「なくならない世界」と15篇の詩」、「私という他人」と4篇の詩」もぜひ一度ご一読ください。
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ぽっかりさん
危ないけど深夜の公園で一人 めそめそ泣いていたら ぽっかりさん つまり私の内奥の父性が 不安定に揺れながら近づいてくる それはちょうど エレガントにふるまおうとして 堅苦しくなってしまった女や 力強く自由になろうとして お行儀の悪さを標榜し ただ女をちぢこまらせている男のようだった 私は言う 「ぽっかりさん ぽっかりさん もう誰の慈母にもなりたくないのです 幼いおんなでありつづけたために 少女を生きることができなかったのです わかっていても信じてみたい嘘をくれる人は のちのち恨まなければいけなくなるし 背伸びなどするものではなかった ほんとうは赤ん坊同然です」 なにも聞こえない 自分自身さえ抱きしめられない |
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みずうみ
非実在の双生児に 芝居がかった誘惑をせがまれて また ちがう柔軟剤の匂いをつけている 朝は二人より先に目覚めるのが 精一杯の片割れ みずうみに紙の小舟を浮かべ やっと聖俗のあわいに立つ 本来の意味において抱きしめられるために 若いおんなの自分自身がじゃまになる 身体という爆弾よ きみはいつの日かちりぢりになって 心を自由にしてくれるだろうか 鉄の器のなかに誰かが群れでいる 生活のある瞬間やつらと目が合えば 断罪につぐ断罪で 林檎はすっかり萎びてしまう たとえばいちばんお気に入りの 裸の色の口紅をひくとき 老女があくまで穏やかに微笑む 「お前はみじめなアバズレのガキだよ」と 大切な彼が気を悪くすることばかり なぜだか口にしていたのは この心のせいか身体のせいか 愛よ 家よ 転覆する折り紙らしくただ死ね |
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Daddy
ペンギン水族館の青い光のなかで あなたは少年のようでしたね 私に選ばせてくれた赤い車に妻と私を乗せて 坂道だらけの長崎を走るひと 父よ 記憶が触れていった跡に沿って マスタード粒に似たかなしみが 一十百千万と… 億兆京垓と… 生命が壊れるときを今か今か 待っているのだと思う夜があって マンションの部屋にいられず 会ったばかりの男の人を パパと呼んで笑われるのです あなたはけっしてこんなふうに 触らなかったのに 帰れば一人 だけど誰といても一人 芝居がかった私も 素顔の私も ばらばらになってもたくさんの一人 家の人たちや ほかのわからず屋になにを言われても あなたのことばかり恋しい わかれた日の夕焼けは桃色で やさしく たくらみのない言葉をくれた その唇の色でしたね |
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ちびえんぴつの殺意
ひとりぼっちになれないから ひとりぼっちなのだ ぬくもりのないところに ぬくもりを探すから 身体とココロがいつも寒くて 地上の魚みたいにぎこちないのだ やさしさのなかにたくらみを 嗅ぎつけようとして 恋人やともだちをなくし さびしい犬の目で飢え 素裸で生傷を詩にさらしながら 世界のなかでは眠れないと嘆く私は ようなものばかり拾いあつめては 向こう岸まで投げ捨てる 父のようなもの 睡眠のようなもの 季節のようなもの すべすべした愛のようなものを 風を切る音は傷ついている自分を 忘れさせてくれるから ひゅんひゅん投げる あゝオノマトピア! はためくジャンパースカートのポケットの ノートに丸文字で書いた「死ね」は 教育テレビのアニメーションに似てる 少女のままの殺意で生きようと決めたこと 画面の前のみんなは知っていてね |
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フィッシュ
きょうはかりんの蜂蜜漬けをつくりました 瓶に入らなかったぶんを齧ってみると 通過していない青春みたいに酸っぱい あのころは生き死にの心配ばかりしてました 自分の家で眠れないので よその小父さんのお部屋にいました 狂った振り子式メトロノームの十代よ 美しい母から受け継いだ 形のよい鼻の脇を小さなにきびで赤くして 深夜帯の空を見ていました 凍りついた空の下を 魚がたくさん泳ぐのです 先生は そういうやさしいまぼろしを知っていますか 私はきっとまちがって地上に生まれた魚です だから呼吸が苦しくて 冬の夜 青白い肌をしているのでしょう 鱗の下に語りえぬ秘密の流星群が 時限爆弾としてある 文学と呼んで食べてしまうなら いつかみんなで死ねるでしょう |
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愛情
ラジオの天気予報は雨 とべないアニマとアニムスは 朝の鱗粉にまみれて 合法の幻覚剤のように 雨の森林が熱く湿り 腹いっぱい夏を飲み干すのを見た 羊歯の葉に嬲られるオランピアを 土壌微生物の理性なき繁殖を見た ふたりはいちじくのジュース 音楽 旅 森の人里近いところで ばらばらに死んでいる一頭の蝶 やがてみずたまを走ってくるサイレン (自身という名の恋人よ 野生の宇宙へかえろうよ きみに処女と童貞をあげて 水晶の船を漕ぎすすむ まぐわいながらすすもうよ 私たちの翅はもうつかえないから自由だよ) |
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まどろみ
青い 青色の地平を 夕暮れがしとどに湿していく その紫の香気に私の意識は明滅し 渦を巻き 皮膚も心地よく解けて一日終わる 父よ どうぞ月まで連れていってください 暗くも青い空にぽっかりある 住むべき衛星へと |
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天使の窒息
ベランダでたばこを吸う両親の背中県 一時保護所の触れない青空市 保健室で知り合うともだちのこころ区 適応指導教室の濡れた帰り道一丁目 近くて遠い場所にいて メゾソプラノの声で吃音がちにしゃべる ろうそくの数ばかり増えた私の 名前を呼んでください 部屋には絶滅した動物のぬいぐるみが ひしめき暮らしていて こわいかい こわいよと囁きあいながら 女主人のハーモニカで朝ねむる 曲はいつでも月についてだ きたないことぜんぶ忘れたい身体で 青の青の青い空の底にある衛星を 恋人よりも恋している 月にも海があるという 水は血よりも濃いしらべ 過呼吸発作の谷間にふく風 その冷たさと虚ろのように呼んでください |
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地図がないのにひとり
揺り起こされ後部座席から降りると 黄金のノイズにも似た一面のススキ野原と お堂に入っていく大人たちの背中があり やさしい父を突き飛ばして走る 走る お堂に向かって足を止めずに しかし途中で私を捕まえる人がいた その人の身体は大きくて温かく そしてやはり穴のような目をしていた 「僕は君の地球だったね」 頭を撫でる手の感触も匂いも昔のままだ 彼は私をなだめてお堂の方に歩き始めた お堂には誰もいなくて ススキ野原でなにかをしているらしく 目を凝らすと葬儀だった 「ああ、あれは僕のための葬式だね」 地球は他人事のように言い 人のいないお堂に足を踏み入れた お堂の中は暗くてよく見えないのに ふたりの姿だけはっきりとわかる きつく抱きしめられ私は抵抗しなかった 「……ちゃん、ごめんね」 「この先会えないんでしょう?」 「僕はもう死んでるからねえ」 私たちは扉を開けた ススキ野原のほかなにもなく父もいない |
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オフィーリア
さびしいのは 人々が解剖する言葉ばかり持っていて この丘から見える景色をビョーキと呼ぶこと 並んで座ってくれないこと それをやさしさだと信じていること いかがわしい愛の行き場が 思春期病棟のシーツのしみであること しかし聖なる倒錯者の行進が荒れ野をいけば 普通人などダイヤモンドの泥の底 人はたましいの強靭ゆえに狂うのだから オフィーリア あなたの乱心のなんと気高く たくましかったことか あざ色の小川を死へと流れる女たちよ 柳の枝のような人の命よ やがて女の共同墓地に光がふる (ほのぼのと暗い擬似恋愛の水で濡れた髪を 自分自身で拭いてやると季節が匂いたち 言葉を捕らえることができた 父よ 兄よ 娘は妹はついに誕生したのだ) 尊いもの狂いとすこやかなかんばせの オフィーリア そして詩と聖娼めいた血肉の私よ |
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諦めた星の人に
安全で適切な海に もっとも危険な言語芸術の一篇を浮かべ汚す 汚されたシロナガスクジラの私は笑っている 詩に蝕まれながら 詩を血液として滾らせ震えている ここは諦めた星々の寝床だから かつて若かったきらめきの残滓で 心身の裂けたところを縫ってしまおう ほんとうは途方もなく怯えているのに 愛する人よいらっしゃいと囁くクジラの かなしい病根を あなたは見つけていないことにした やさしい刃物であなたは裂いた すまなく思いながらそれをうらんでいる 世界とのほどけない結び方を知りたくて ほどくべきものがほどけなくなった誰かを 笑ってはいけないよ かつて天の星だったあなた 返り血にまみれてなおやさしいあなたなら きっとわかる |
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ホスピタル
膜でできた看護師 彼女はシャボン玉の匂いがする かすかな救済のきざしに 夜見る夢として現れた人 うす水色のカートには満たされた注射器 痛そうだな 私はおそろいのエプロンをつけていて あるいは看護師自身かもしれなかった カタカタとキィキィとカートを押していくよ 不条理なショートフィルムのように 色彩とかたちの上を物語らしいなにかが歩く しだいに私自身の匂いになる 多くが知覚される 痛いな さびしいな きっと明日も生きていると思う |
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自画像
白濁の雨に降られ 言葉をくべられても 私は浄いままの火だ 彼らの指は探りあて 損ない 絶やせるまでには器用でなく 働き者のかたい皮膚ももたない これは生き物のかたちの火 フェミナの喪の週のように痛ましい炎と 獰猛の煙たつ火だ 記憶の莢膜たる身体の奥のマントル 地球の腰の炎 彼の罪 ながらえた霊魂 ふるさとの町を焼きつくすほど燃えている |
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詩人の墓
私という空虚が わずかに世界を信頼しようとする その瞬間のしゃぼんの匂い 膿んだたましいに清潔をまとうように 詩語がしみて痛い 身体よ ちちははの家の歴史の終点に この命がおかれてある景色は 暗闇にふく光の風 いつも 孤立を嘆いては孤独をねがっていることを きみだけ知っていてくれたらいい 夜よ 幾千幾万のすすり泣きを飲み あなたは静かに更けていく これら十七行の言葉よ 生きながらえ 暴かれ 乗り越えられて お前は詩人の墓となれ |

〈世話人より〉
ぽっかりさん
「ぽっかりさん」というキャラが登場してきたところが重要ポイントですね、でも本当は登場してきてはいない…。下から2行目「なにも聞こえない」とあるからたしかに聞こえないのでしょうが、でも「なにも聞こえない」という8音節の音声は聞こえる。聞こえている。だれに? すくなとも読者には。
みずうみ
前半16行目までとても胸にひびいてきました。この調子をキープするなかでいうべきことを言うという方途もありでは? と思いました。
Daddy
「父」と呼ばれている人の輪郭を伝えようとしてきちんと伝わってきます。
ちびえんぴつの殺意
言及される項目の一つ一つが面白い詩ですね。タイトルが内容とかぶっているのはどうでしょう?
フィシュ
きれいな詩語が過剰にならない範囲で用いられている点、好もしくきれいだなと感じます。
愛情
よくわからないところがあるのだが、物語がゆたかに展開されるところがすずやかで心地よい。
まどろみ
宗教的というと世間的な言葉にすぎるので、宗教哲学的といいますが、そんな含蓄のあるところ に惹かれます。
天使の窒息
登場するアイテムの数が多いのがいいとおもいました。風が通るというのでしょうか。最後の行がわかりませんでしたが...。
地図がないのにひとり
寂寥感がよく伝わってきます。よく、というよりきれいにかもしれません。
オフィーリア
登場する人、アイテムの数が多いのがうまく機能していると感じました。オフィーリアへの言及が重要ポイントなのだなと解しました。
諦めた星の人に
「あなた」の位置がもうひとつつかめないが、つかめないのがいいのだろうと思わせられる。つかめないままつつみこまれる感覚がありました。「シロナガスクジラ」がもう一回出てきてほしいと思いました。
ホスピタル
シンプルな作、場面の動きがさわやかでした。
自画像
いい詩だなと思います。力づよい作品です。素晴らしいと思います。
詩人の墓
文句なし。ナカタサトミの作は「詩」についてなにごとかを語るとき、おおむね良い結果を見るのでは? 詩はこころざしであるとはよく言われることですが、それがここに出現している。いい作だと感じています。立派だと思います。
(千石英世記)


