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あさひてらすの詩のてらす

春駒と駆ける9篇の詩(26年4月)

掲載が遅くなりましたが、ご投稿いただいた作品の中から、3月分と4月分を公開いたします。

4月も9篇掲載いたします。ぜひご一読ください。


 

 春駒と駆ける9篇の詩

・ブルフィンチ

・道草

・チューリップ公園としての生存戦略

・永遠の祈り

・空間

・影光る

・ゆび

・あの地

・聖なる夜と、その誓いのアリア

 

 

ブルフィンチ

酒井花織

 

「カシオペアは自慢の美貌でありながら黒人でした」

ブルフィンチ 黒人だからなんなのさ

「パンドラの箱はありとあらゆる素晴らしいものが全部逃げ出しても希望だけが残ったというのが実の所では?

希望なんて素晴らしいものが災厄の中に埋もれているなんて道理に合わない」

ブルフィンチ 甘ーい日本の中華料理みたいな解釈だね

 

ママ戦争止めてくるわなんてハッシュタグが流行ったけど

野菜を洗っているだけで世界は広がるものです

レタスの中でレタス色の青虫がお食事中だったり

トマトのヘタがヘタそっくりのクモじゃないかと警戒したり

生物の進化について考えさせられます

人間はたぶん戦争を止められないでしょう

 

希望によって這いつくばって

希望によって世界中にはびこって

希望によって技術力を高めて

それから?

 

神様は人間に何をさせたいんだろう?

何のために知恵を授けたんだろう?

たぶん教えてはくれない

代わりに希望という意地悪なギフトをくれた

 

必死に生き延びる人達がいるかも知れない

希望はいつまでもこびりついているから

希望はプルトニウムよりもしぶとい

そう信じるしかありません

日の光が力尽きる時まで

 

道草

とし

 

南風が教えてくれたミツバチカフェ

 

甘い蜜の香りを辿れば

ほら そこに

 

ミツバチブレンド

たんぽぽラテ

クローバーチーノ

アカシアソーダ

 

季節の花のタルトも忘れずに

 

ほら 南風が笑っている

 

チューリップ公園としての生存戦略

倉橋謙介

 

この公園には

チューリップの形をした

回る遊具があったんだ

遊園地のコーヒーカップみたいに

グルグル自分で回すやつ

中学1年同じクラスのタニ君が

降りれなくなってゲロ吐いた

あのいわくつきのね

今じゃすっかり取り壊されて

隅っこには花壇なんかがあってさ

きっと春になったら

赤いチューリップが咲くんだろうね

新しい名前の由来を持つ人達が

そうやって生まれていくんだ

 

永遠の祈り

SilentLights

 

17歳の春

 

制服すがたの 愛らしいあなた

 

きいろい風吹く丘で

あなたは やさしくステップをふむ

 

ラッ・タッ・タッ ラッ・タッ・タッ

 

しずかな春の日の とうめいな日差し

 

あの4月の日の

光のきらめきを

風のしずけさを

 

私は 忘れない

 

あなたと出会った

その刹那の

心のふるえを

胸の高鳴りを

 

永遠の祈りへと変えて

 

私は いま

愛の唄をうたう

 

空間

草笛螢夢

 

鏡という反転空間

表現する現実空間

自転している自然空間

人通りでも孤立空間

知識を得る時空空間

想像する創造空間

対峙する相対空間

変調する音響空間

感動する成長空間

愛を育み夢見る空間…etc

 

様々な渦巻く生活空間を

何重にも重ねたり

次々と課題と向き合いながら

人は人の小道を

時には躓き

時には手を借り

時には手を取り

時には笑い

時には喜ぶ

無意識な時も含め

空間は流れていく

 

影光る

積 緋露雪

 

浜辺に足跡のみを残して消えてしまった彼は、

多分に、月影の下、影踏みに夢中で

海に呑み込まれ消えたのだらう。

彼の影は異様に蒼白く冷たく光り、

私はそれを見た途端に

それが梶井基次郎の霊と見当をつけ、

影の中にどこかで

落っことした吾を

見つけてしまったのだらう。

影踏みといふ吾を踏み付ける愉楽は

何物にも代へがたく、

彼もまた、影が光りを帯びた

霊性の眷属に見えたに違ひない。

さうして、死に行く彼は、

最期に潮を抱き締めるやうにしながら

――Eureka!

と快哉を挙げ、

その聲が消ゆると共に入水した彼の

宿痾である重い癆痎から

解き放たれたに違ひない。

吾もまた、秋の月影の下、影を踏み躙り

吾が影を踏むといふ至上の愉楽の中で、

入水する欲求に身を任せては、

溺死する吾を

唯、吾は抱き締めるしかなかったのである。

 

ゆび

南野すみれ

 

そっと指をおく

ゆっくりとベートーヴェンの愛が

零れだす

エリーゼのために

 

指は徐々に走りだし

鼓動が追いかける

遥かな高みにいきたいと

指が

石礫のように鍵盤を

ころがる

聴き手のいない部屋の中

音はぶつかり

あらぬところで跳ねて

もどる

 

―ただ一度だけでも

 

届けられないことばを

幾度もつぶやきながら

指は走りつづけている

高波のようにもどる音に

ずぶ濡れになる

 

息を止めて、

指は しずまり

 

あの地

ヒンヤ

 

「バクダンは飲み過ぎたらアカンよ」

闇屋の女中は俺に言った

 

「もう終わったんやから 秋の日差しも拝めるんやから」と

彼女は付け加えた

 

「嘘やろ 誰が信じるねん 誰を信じるねん」

と 俺は思った

 

十年間 俺はとにかく働いた

自由の元に働き通した

 

数十年後 俺は当時戦場だったその地を訪れ

愕然とした

 

戦争直後の喜びは

もう

乾き果てていた

 

今後もこの地は

涙すら

受け付けないのだろう

 

そう思って

俺は

見捨てられた

アメリカ産のビール缶を眺め

人生を考えた

 

答えすら無かった

注:バクダン→闇屋の酒

 

聖なる夜と、その誓いのアリア

鏡ミラー文志

 

夜も更けて、服を脱ぎ捨て

待てど来ない、愛人よ

君はロミオ、僕はジュリエット

闇の中に、潜り込む

戯れのラストダンス 

丸くて小ちゃあな、カップの中

もしも君と、僕の愛が 

耐え果てたのならば、山原水鶏

薔薇の香り、集る蜜蜂

眠る心、呼び覚ます

鋭い棘で、強く迫る

耳を攲て、研ぎ澄ます

聖なる日に、その誓いは

なんたる日か! なんと、言えば!

もしこの船が、岸辺に着いたなら

満更では! 満更では!

冬の粉雪、秋の木枯、夏の嵐、春の兆し

胸を焦がし、声を枯らし

強い眼差し、一人虚し

見目麗しき、マリコの口から 

アンタ負けるな、ちゃんとしいや

もしこの船が岸辺に着いたなら

満更では! 満更では!

 

 

 

 

世話人たちの講評

平石貴樹より

ブルフィンチ

 相当悲観的ですねえ。

道草

 きれいな夢です。

チューリップ公園としての生存戦略

 最終2行がわかりにくいですが、それまでは完璧と思います。

永遠の祈り

 恋心の原点でしょうね。

空間

 おっしゃる通りだが、やや解説っぽいですか。

影光る

 不思議で詩的なロジックでした。

ゆび

 ちょっと中途な感じが残ります。

あの地

 もうすこし状況がほしいです。

聖なる夜と、その誓いのアリア

 ちょっと散らかって私にはわかりにくかったです。

 

渡辺信二より

ブルフィンチ

詩作品としての試みが、高く評価されるべきでしょう。が、たとえ正しくまた適切でも、主張や判断をうまく詩作品として表現するのは、なかなか難しい。また、タイトルがブルフィンチでいいのかと気になる。いや、逆に、ブルフィンチが、「パンドラの箱」へ付け加えた判断なども仄めかされていれば、読者は納得するかも知れない。

道草

タイトルが、道草ですか。なんとなく、作者の意図がわかる。カフェのメニューに載っているような言葉が並ぶが、それも一つの詩情となっている。

チューリップ公園としての生存戦略

「チューリップ」という名称を維持しながら、変遷してゆく公園が、個人的な思い出・エピソードと共に語られる。季節の移り変わりや世代交代へ視点が広がっていくのが良い。最後の2行は、解釈が難しい。特に、「新しい名前の由来を持つ人達」に戸惑う。

永遠の祈り

非常にまっすぐに、あなたとの出会い、あなたと共に時を過ごす喜びが表現されています。「私」が今うたうという「愛の唄」も、その歌詞を聞きたい。

空間

確かに、様々な空間が生活の中を流れていきます。あるいは、空間の中を生活が流れてゆくのか。細かいことだけど、「…etc」は、ちょっと、戸惑う。

影光る

影踏みと月と梶井基次郎ですか。いいモチーフですね。この作品は、梶井基次郎の短編「Kの昇天」を下敷きにしているのだろうか。なお、「見つけてしまった」(9行目)の主語を誰ととるかで、解釈が異なってくるかも知れない。「吾」が「溺死する吾」を抱きしめて終わるのが良い。

ゆび

指の動きと、「ただ一度だけでも」との奏者の思いが、一つのドラマを作る。ただ、思いが強すぎるのか、指が作り出す「音」は、「あらぬところで跳ね」たり、指を「ずぶ濡れに」する。そうなると、果たして、結果は、どうなのだろう。最後の2行が結果を読者に示唆するはずなのですが。

あの地

「バクダン」が酒と爆弾とを意味するのでしょう。タイトルが「あの地」でありながら、作中には、「その地」や「この地」と出てくるが、固有名詞を出せない事情があるのかも知れない。

聖なる夜と、その誓いのアリア

タイトル「聖なる夜と、その誓いのアリア」や「見目麗しき、マリコ」など、響きが良い。詩全体で何かすごいことを言っているようにも推測するのだが、でも、「僕はジュリエット」は性的逆転の示唆なのか? ロミオとジュリエットはイギリスで、山原水鶏(ヤンバルクイナ)は沖縄? 「ちゃんとしいや」は関西弁か? など、読者としては、なかなかに作品中に入り込めない。

 

 

※千石英世氏のコメントは休載となります。ご了承ください。


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