集合住宅の老ニンフェットと13篇の詩(ナカタサトミ)
今回は、ナカタサトミさんの作品を14篇掲載いたします。すでに掲載している「『私という他人』と4篇の詩」、「『詩人の墓』と13篇の詩」と「『身代わりっ子』と15篇の詩」もぜひご一読ください。
総評として
今回は新しい試みとも思われる作がいくつかあって作者の努力を惜しまぬ姿勢に感じいるものがあります。また、行文の流れに破調を導入しようとする試みもみました。世界を風通しよく見ようという意識なのだと想像しております。うまくいっているかどうかは簡単にいえるものではないですが、試みるに値する試みだと思います。
(千石英世 記)
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集合住宅の老ニンフェット
死にたくなるのは真夜中なのに いつもの相談ダイヤルの 受付時間は二十一時までだった 風はもう五月のにおいがする 神戸はいま雨が降っている 未視感 自罰 削除依頼 404 Not Found 八階の廊下からこのまま 〇〇年製の爆弾が投下されたら HもKも先生も仕事をつづけ みんなの平和に虹がかかるだろう 澄んだ目のまま子どもや女と笑うだろう 連れあいに果物を剥いてもらい ますます老いて病気になり 自分自身の血を浴びて死んだ若者の 汚辱にまみれた純粋を忘れて なん人かには愛されて死ぬ 私は平和を許さないから ロビーへ降りていって泣き腫らそう 生きていかざるをえない 生きていかざるをえない 生きていかざるをえない 生きていかざるをえない 死んでいるのに |
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Flower & Snake
女がみずからの命を危険にさらして 好きな男の子どもを産みたいと ねがうことは当たり前らしいのに 私が彼にぶちのめされたがるのが なぜおかしいのかわからないでいる あれはたしか十四歳のとき 子ども部屋に隠してあった団鬼六を 祖母に見つかって 女の地位と尊厳についてどう思うかと たずねられたことがあった 彼女は私を土下座させ 繰り返し頭を踏んだあと 神棚に参り 仏壇に手を合わせたから 家を出たらクリスチャンになろうと 痛い鼻を押さえながら決めたのだった この子宮をずっと 空っぽにしておこうとも |
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愛されたくなくなくなくなくない
こころは自分だけのものだから 中に入っても指一本 さわらないでいてくれる あなたの 私を好きにならないところが大好きです 愛という遺体収納袋におさめられて 動くことができないその苦しみを 平気で人に味わわせる 恋人たちに背を向けて生きたい |
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ラブレター
すすんであなたの道具になりたい しかし 代々の女たちがカーテンの隙間から見ていて 身体はけっして私自身のものにならない 夫たちを盗んだがために 妻たちのうらみを身につけて 若さを地面に引きずっている いまあなたに与えられるものは 誰のお母さんにもならないつもりの心 生まれ育った家のにおいはもうしない髪 この髪をどうか乱暴に扱ってください 幼い日のやさしい声に引き戻されないように チョコレート キャラメル 秘密という響きに もうけっして傷つけられないように 傷だらけになるまで打擲してください 愛するべき家族にはかけられない 夢見心地の言葉でなじり あばらが折れると思うほど抱きしめて 私のお父さんになってください 美しい罪びとよ |
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Iの細胞分裂
肌寒い夜にお金で買った年上の人の腕は 嘘の体温であるだけに美しいけれど あきらめがたい青年の撫でる手は きっとほんとうだから 足の爪に泥がたっぷりつまったまま 私は逃げたくなってしまう 心で触れあう二人が身体でも触れあうのは 認められてしまったインセストではないのか バスストップで朝まで 起きつづけることもできるし 大切な人という名前を誰にも与えたくない 喪って困るものなどなに一ついらない 区画化された無数の慈しみが ジーンズのポケットで苦しがる日々を いまは自分らしさと呼ばせてほしい |
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片親文学
父さん 春の終わりの電車で あなたの肩にもたれて眠る女を見た あんなふうに救われたいと願うたび 喉の奥にうつくしい刃物が育っていく 涙の凶暴を呪う凶暴なこころ 血の痛みをすすりながらえるこころで あなたという概念にも肉親にも うまくもたれることができないでいたら 遠い団地のベランダで 誰かが首を吊っている気がして 車窓から見たけれど誰もが生きている 私のかわりに私が死ぬ 死ね 殺す 死ぬ |
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解剖学の女
女がみずからの命を危険にさらして 好きな男の子どもを産みたいと ねがうことは当たり前らしいのに 彼にぶちのめされたがるのが なぜおかしいのかわからないでいる それに 愛を与えて恋人を侵す人よりも コミックスの裸の幼女を欲望する人が 社会の敵に近いのもどうしてもわからない 結婚で生身のお互いを傷つけるよりも LOでシコっているほうが倫理的にはましだ 私は対人性愛を告発する やさしい言葉を訴追する なにより愛とは遺体収納袋のことと信じる この心はきっとフリークスで 見つかってしまえば殺される運命で いまこうして男を跪かせているのも 正しい女たちへのつぐないなのだろうが どうにも興奮できないで 彼と自分とを入れ替えて観察する 私の右足の中指と薬指が彼の鼻の穴を広げ 美しいものはさらに美しく 醜いものはさらに醜くなる もっとみじめになりたい もっとみじめになりたい 別に愛らしくもない犬になりたい ワンワンワンワンワン! |
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身体
いったい 身体というものはほんとうにあるのか 天井からのまなざし それが私自身であるかもしれないのに 光を背に受けて女のはだかを見ている目 鏡の冷たさとやさしいことを知る目 秋色の泥濘こそが すべての証人にちがいないのに どうして帰りつくとしくしく痛むのか なにを飲んでもわからないのだ ただ酩酊しながら 私は文学のかわいいグウェンドリンとして 鏡のなかを晒し 太陽にまざりゆく海をさがしている きっと愛とも呼ぶだろう海をさがして 魚の頭を生やしたら地上では窒息死 草の緑にもそまずさまよう いったい身体なんてあるのかい |
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おっぱい
夏の夜にマンションの窓を網戸にして 冷たい牛乳を飲んでいると ひどく幼く心細く みたび父親を失った気持ちになる プラスチックのマグを わざとぎこちなく手にして ごくごく喉を鳴らしていると やはりよるべない アメリカのダイナーみたいな緑色の マグなみなみの牛のおっぱい 私はどこに属することもできないので とても幸せなのでしたが |
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夜のコンテナ
きみが眠る青いコンテナに 夜を流して殺したい 私は信頼というものを 信頼することができないので 不器用にでも愛してあげられない 刃物を使わないリストカットのように きみでない男の人についていく そんなとき私は私自身であると 数センチだけ安らいでいる ある友だちは私の振る舞いについて 自分から安い女になりにいっていると咎めた 彼はよい人だが彼の言った事はばかげている 私という人間は六歳のあの日から ほかの人間よりも少し安いのだ できたてほやほやなのに二割引だったのだ なにをするにも腐りかけた魂を 見抜かれないために気をつかう やがて疲れて目の前の誰かの 一番みにくいところを見せてほしいとねだる 女を軽蔑しているときの男ほど みにくい姿はないからねだる なのできみの精神にある大きなしみ 私を愛しているというしみだ それがゆるしがたくて 眠るきみを前に眠れないのだった |
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〇
私というマトリョーシカ人形を だんだんに開けられていって 最後の一つの小さな小さなサッちゃんを どこかへやってしまったから 大人なのに心もなく生きているのである |
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症例1
私自身を内側からではなく 症例1として知覚するとき 私はようやく生死に堪えることができる |
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真珠のこと
侵入がおこるそのとき 大便のこびりついた真珠粒のような私が あなたのほうへと転がっていくのである 異臭を放ち鈍くかがやきながら 黒い海の記憶を連れて 宗教学者の顔をしてくるのである 人間の限界を知らず 情緒的少女に母を求めたあなたは 老いた蝿として死んでいくのである そして真珠はまたちがうところへ 愛されたふりをしていってしまうのである |
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塑造する者
そのお菓子好きだよねとママが言ったから 今日も買ってきて食べている かたちづくられているというあきらめよ 逆立ちしても私は私に生まれなかったのだと 生まれさせられたのだと 雨のように身にしみて痛むよ へその緒をたってもあなたと私は 無線でつながっているのだと やっぱり女の声がして 宇宙のクレバスにただ一人テンラクした… |
〈各作品について〉
集合住宅の老ニンフェット
3、4行目が効いている、詩って不思議だと思わしめる、この外面的2行と他の内面的全行が拮抗する、そして作品を作品として浮上せしめるのだなあと思いました。
Flower & Snake
なぜ部屋に鬼六があったのかがわからないが...。
愛されたくなくなくなくなくない
わかりやすいが作品の力を阻害していない。題もいい。
ラブレター
題はこちらのほうが広がりがある。
Iの細胞分裂
流れる情念の形が新しさをもって迫ってくることはないが細部の描写が面白い。
片親文学
直截な語彙がほぼ1行おきに出現していて読者として好きになれる作品とは言いにくいが、もう一つの混沌の流動、生命への衝動であると思わしめる。「春の終わり」という季節のもつ根や幹や土が帯びる混沌の熱量を思わしめる。
解剖学の女
知りにくい世界があると知らせる、屈折した情念、を素描している 最終行、可愛らしいのだが、
身体
新し試み ゆっくりといい線をたどるが、終幕の破調の導入がどうだろう? いいともいえるし疑問ともいえるし...。
おっぱい
すなおでしっとりと、そしてだから激しく悲しい。
夜のコンテナ
愛と愛への後悔という複雑なこころの輾転反側をとらえていいと思うが「男」「女」「愛している」の3つ語彙で内容がもう決まってしまうという感じも残るのだが...。
〇
タイトルがいいと思います。
症例1
アフォリズムとしていい。だが、タイトルはどうでしょうか。語が本文とかぶるのだが、ここはかぶらないほうが...。
真珠のこと
「である」調が生きていると思います。
塑造する者
「無線でつながっているのだ」ここがいいと思います ブルートゥースでしょうか。


