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日中いぶこみ百景

カラスのくちばし

中国語には“乌鸦嘴” wūyāzuǐという言葉がある。文字通り訳せば「カラスのくちばし」だ。カラスは中国でも不吉な鳥とされる。そこから,縁起でもないことや不吉なことをいう人やその口のことを“乌鸦嘴”という。例えば遠出するドライバーに「交通事故を起こさないでね,怪我したら大変よ」などと言おうものなら,

   你这个乌鸦嘴! Nǐ zhège wūyāzuǐ !(ったく,縁起でもないことを!)

という反応が返ってくる。私も,

  呸,呸,呸,乌鸦嘴!Pēi,pēi,pēi,wūyāzuǐ!

 (ぺっ,ぺっ,ぺっ,ああ縁起でもない!)

と言うのを実際に聞いたことがある。“呸”pēiは「唾棄すべきものとして,つばを吐きかける」動作である。ことばとして発せられてしまった「不吉な,縁起でもないこと」,それをすぐに打ち消すべく発せられる言葉だ。

 

 厭なことが起こってしまった場合も,「打ち消し隊」が登場する。例えば,財布をなくしたり,盗まれたりといったことが起こると,“破财免灾” pò cái miǎn zāiと言って人をなぐさめたり,自分に言い聞かせたりする。これは「“破财”(財を失う)ことによって,かえってこれから起こるかもしれなかったより大きな災難を免れた=“免灾”」という意味である。

 あるいは何か“碎”suì,割ったりする,すぐに“岁岁平安”suì suì píng‘ānという。“碎” suìを同音の“岁” suì(歳)に言い換えて,これで却って「毎年穏やかに平穏に暮らせる」ということにすり替えてしまう。私も昔,中国人の先生宅に招かれ,うっかり茶碗を割ってしまったことがあった。その時,先生はすかさず“旧的不去,新的不来”jiù de bú qù, xīn de bù lái(古いものが無くならなければ、新しいものは現れない)と言い,「これで新しい茶碗を下ろして使える」とむしろ良いことのようにフォローしてくれた。

 

 不吉なことや縁起でもないことは,どこの国でも歓迎されない。起こってしまった厭なことを,言葉の力を借りて「なしにする」,あるいはさらに積極的に「かえってよかった」と逆転させる。それほど「縁起の悪いこと」を嫌い,それほど「言葉の力」を信じている。

 

 

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著者略歴

  1. 相原 茂

    中国語コミュニケーション協会代表
    1948年生まれ。東京教育大学修士課程修了。中国語学,中国語教育専攻。80~82年,北京にて研修。
    明治大学助教授,お茶の水女子大学教授等を経て,現在中国語コミュニケーション協会代表としてTECCの普及に努める。
    NHKラジオ・テレビでも長年中国語講座を担当。編著書に,『はじめての中国語』(講談社現代新書)『雨がホワホワ』『ちくわを食う女』『中国語未知との遭遇』(ともに現代書館)『ときめきの上海』『発音の基礎から学ぶ中国語 新装版』(ともに朝日出版社)『「感謝」と「謝罪」はじめて聞く日中“異文化”の話』(講談社)『講談社中日辞典<第三版>』『講談社日中辞典』(講談社)など。

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