朝日出版社ウェブマガジン

MENU

日中いぶこみ百景

まもなく入院します

中国語のテキストに「わたしはまもなく入院します」という意味の例文がでてきた。たぶん“就要~了”(まもなく〜する)の用法を教えるためのだろう。

 

 我马上就要住院了。Wǒ mǎshàng jiù yào zhùyuàn le 。

 

  これを見た中国人の教師は,“我”を“他”に変えたという。なぜだろう。当の彼女がいうには,たとえ例文にすぎないとはいえ“我马上就要住院了”を口にするのは気分がよくない。縁起でもないし,実生活でもこんなことは言わない。だから主語を“他”(彼)に変えた。

 

 退院なら良いけど,入院はいやだ。それはたしかにそうだが,それでは会社などで「来週から私は入院しますので,1週間の休みをいただきます」などというときはどう言うのかと聞いてみた。そうしたら,「それでもはっきりとは言わない,適当に言葉をにごす。あるいは休暇をとる手続きを人にやってもらう」と言う。そこまでこだわるか!

 

 日本よりも「言霊」の力に敏感ということだろうか。さらにたとえば,私たちは子供が外で遊んでいるときなど,「急に道路に飛び出すと車に轢かれるよ」とか,「駆けちゃダメ,転んで怪我するよ」などというが,こういう物言いも,ひどく気になるという。つまり「急に道路に飛び出してはダメ」とか「駆けちゃダメ」まではいいが,そのあとの「車に轢かれる」とか「怪我するよ」などというのは不吉で縁起でもない,そんなことを耳にするだけで気分がよくない,というのだ。親が我が子に向けて言うのさえためらわれる。だから赤の他人がこんなことを言おうものなら,なんだか「呪いの言葉」を浴びせられたようで,実に不愉快になるという。心の中で,「お前こそ車に轢かれてしまえ」と罵りたくなるという。

「呪いの言葉」とまで捉える感受性には驚かされる。

バックナンバー

著者略歴

  1. 相原 茂

    中国語コミュニケーション協会代表
    1948年生まれ。東京教育大学修士課程修了。中国語学,中国語教育専攻。80~82年,北京にて研修。
    明治大学助教授,お茶の水女子大学教授等を経て,現在中国語コミュニケーション協会代表としてTECCの普及に努める。
    NHKラジオ・テレビでも長年中国語講座を担当。編著書に,『はじめての中国語』(講談社現代新書)『雨がホワホワ』『ちくわを食う女』『中国語未知との遭遇』(ともに現代書館)『ときめきの上海』『発音の基礎から学ぶ中国語 新装版』(ともに朝日出版社)『「感謝」と「謝罪」はじめて聞く日中“異文化”の話』(講談社)『講談社中日辞典<第三版>』『講談社日中辞典』(講談社)など。

ジャンル

お知らせ

ランキング

閉じる