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日中いぶこみ百景

一枚のハンカチ

こんなことがあった。中国人留学生が日本人と郊外に遊びに行き,沢山撮った写真を現像して日本人にあげた。もちろんお金なんか要らない。

 そうしたら翌日,日本人が「これ昨日のお礼」,そう言ってハンカチをあげた。中国人は驚く。「この人は私との仲を清算したいのか。それも一枚のハンカチで」と。

 日本人から見れば,この日本人学生はとても律儀に思える。ところが中国人留学生にとっては,すぐに「昨日の恩」を,一枚のハンカチで清算され,ゼロにされてしまったと感じ,とても嫌な気分を味わう。ハンカチもよくない。これは別れの時に相手にあげることが多いという。

 われらは常に貸し借りなし,プラマイゼロの状態で,心の平安を得る。例えば今日,お隣さんから「田舎から送ってきたから」とリンゴをもらえば,明日には「これ食べきれないから,よかったら」と何かをお返しする。すくなくとも,何かをすぐに返したい気分にかられる。田舎でも昔は近所から何かを篭に入れて頂くと,篭の中にマッチなどを入れて返したものだ。マッチ一つでもお返しをすることで,気が済んだのだろう。

 中国ではそうではない。恩は心に刻み,すぐに返してはいけない。長いスパンで返す。返すときも同等のモノで返してはプラマイゼロになってしまう。それでは関係を清算することになる。大きく返す。それでこそ今度は貸しができる。そうすると関係が続く。

 この世で返せなければ来世で返せばよい。こんな言葉がある。

 大恩不言谢,您记着就行了。

(大恩には礼を言うな,ただあなたの心に刻んでおいてくれ)

今生还不完,来世做牛做马也要还你这份恩情。

(この世で恩を返せなければ来世においてあなたの牛となり馬となって返します)

 人に迷惑をかけないように,というのは日本の至高のルールだが,中国は違う。お互い人に迷惑をかけながら,助け合って生きていこうとする。迷惑をかける人は親であり,親戚であり,友だちだ。貸しや借りがたくさんあるほど関係は複雑に,緊密になり,離れられない。それがいい。

 

 

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著者略歴

  1. 相原 茂

    中国語コミュニケーション協会代表
    1948年生まれ。東京教育大学修士課程修了。中国語学,中国語教育専攻。80~82年,北京にて研修。
    明治大学助教授,お茶の水女子大学教授等を経て,現在中国語コミュニケーション協会代表としてTECCの普及に努める。
    NHKラジオ・テレビでも長年中国語講座を担当。編著書に,『はじめての中国語』(講談社現代新書)『雨がホワホワ』『ちくわを食う女』『中国語未知との遭遇』(ともに現代書館)『ときめきの上海』『発音の基礎から学ぶ中国語 新装版』(ともに朝日出版社)『「感謝」と「謝罪」はじめて聞く日中“異文化”の話』(講談社)『講談社中日辞典<第三版>』『講談社日中辞典』(講談社)など。

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