「メニュー」の話
気になる単語がある。
日本語で言うところのメニューである。中国語では“菜单”と言う。
レストランのメニューなら,中国語でも“菜单”でよい。なぜなら“菜”は「料理」という意味があるし,“单”は“名单”と言うようにリストと考えれば何の問題もない。
ところが「メニュー」なる語はレストランのメニューばかりに使われるのではない。日本語では「学生が好きな科目を選べるように授業のメニューを豊富にする」などと使う。こういう使い方は中国語では見られないだろう。
パソコンの「メニュー」も日本語で「メニュー」と言い,特に違和感を覚えないが,中国語でも“菜单”がそのまま使われている。
しかし中国語ではどうだろう。パソコン用語に“菜单”では違和感があるのではないか。どう考えてもあれは「料理のリスト」ではない。
この違和感の原因は漢字が意味を表すからだ。日本のカタカナとは働きが違う。「メニュー」だからよいのであって,日本でもパソコンのメニューが「献立」とか「お品書き」ではちょっとまってくれとなるだろう。
爾来,中国語で「メニュー」をどう表すかは私にとって気になり続けた。それからしばらくして,三四年後だったか,一年生用の中国語の教科書を編むことがあった。そこに「メニュー」が出てきたのである。
それは喫茶店での会話場面だった。冒頭,ボーイがメニューを持ってきて客に言う。原文はこうだった。
请 看 菜单。(メニューをご覧下さい)
私は言った。「喫茶店の場面で“菜单”はおかしいのでは。」
そうは言ったものの私に代替案があるわけではなかった。“茶单”とか“茶水单”では中国茶しかおいてないようなイメージがある。“星巴克”(スターバックス)などでは「メニュー」はどう表しているのか。著者3人で喧々がくがくやったあげく,最後は陳淑梅さんにまかせた。結論は“酒水单”におちついた。これはレストランなどで見かけるが,お酒やジュース,サイダーなど「飲み物」も供するところでつかわれる。お酒もあるので,やはり日本の喫茶店のメニューとはズレがある。(『日中いぶこみ交差点』朝日出版社 相原茂 陳淑梅 飯田敦子)
さらにバーではどうか,わたしは“酒単”という語をみたことがある。
これはそのものズバリでよさそうだ。
この間,学生から,中国の葬儀についてメールで質問された。
問:先生,ご存知ですか,中国では葬儀に参列しても死者に「さようなら」と言ってはいけないそうです。わたしなんか「さようなら」と言ってしまいそうですが。
答:「さようなら」と日本語で言うのはかまいません。“再见”と言ってはいけないのです。“再见”は「またお会いしましょう」ですから。あえて中国語で言うなら“永别了”(お別れします)でしょうか。やはり,漢字は意味を表してしまいますから。