Q.139「“The Remains of the Day”を原書で読むには?」
海外の小説が好きでよく翻訳本を読んでいるのですが、原著でもチャレンジしたいと思い、勢いで洋書を買ってみました。ですが、やはり難しく、なかなかページが進みません。
洋書を早く読めるようになるには、どうしたら良いでしょうか。英語に関しては、そんなに得意ではないですが、学生時代に受けたTOEICは520点くらいだと記憶しています。やはり単語や文法を学び直してから、挑戦したほうがいいでしょうか?すでに、数回チャレンジして、いずれも10ページほどで離脱しています…。洋書を読むためのアドバイスをいただけますと幸いです。
ちなみに、読みたい小説は、Kazuo Ishiguroの“The Remains of the Day”です。
辞書なしで読める小説を多読しましょう!
海外の小説が好きな方にとっては、原著にチャレンジするのは大きな目標ですね。とてもよくわかります。私自身も、英語教師を目指し始めた大学2年生のある日、駅前の本屋で中学時代に好きだったシドニーシェルダンの原著を見かけ、せっかく英語教師を目指すならこれくらい読めるようにはなりたいと衝動的にその本を購入したものの、やはり難しくて何度も挫折しました。結局、原著を最後まで読めたのは英語教師になってからでした。こうした挫折経験は、英語を学ぶ人であれば、誰にも起こり得ることだと思います。今回は、挫折してしまう理由について考えられることと、どのような練習をすれば英語の小説が読めるようになるかについて、私なりに説明させていただきます。
大きな課題は、語彙力
小説を読むにあたり最も大きな課題は語彙表現です。小説では情景や知覚や感情などあらゆる情報を、言語を通して伝えられるので、それぞれの場面の描写、登場人物の行動や性格、登場人物間の人間関係などをうまく内容が読み取れるように表現が厳選されています。しかも文学は、芸術作品のようなものですから、作品の内容ももちろんですが、使用されている言語表現そのものが豊かであれば、評価されることも少なくありません。したがって、小説家は、自分の意図する描写や説明が正確に、かつ豊かに表現できるように様々な言語表現を駆使するため、小説にはあまり日常的に使用されないような表現も多く含まれているのも事実です。このような使用頻度がそれほど高くない語彙表現は、英語学習者にとってはかなり高い壁となってしまうのは仕方ありません。
それでは、それぞれの小説に含まれている語彙のうちどれくらいの語彙を知っていれば理解できるようになるのでしょうか。これまでの研究では、約95%の語彙を知っていれば、知らない単語や表現をうまく推測できるため、文意の理解はできるようになるといわれています。またもう少しレベルを上げてスラスラ読んで理解できるレベルとなると、全体の98%の語彙を知っていることが条件となるといわれています。したがって当面の語彙学習の目標は、作品に登場する語彙全体の95%を習得することになります。
文学作品を読むのに必要な語彙レベルとは?
小説といっても、作品によって使用される語彙レベルは様々です。語彙習得の研究者であるDavid HirshとPaul Nationの研究(1992)では、10代向けに書かれた比較的簡単に読める小説で使用されている語彙の96%は頻出語彙の2600語だと報告されていますから、頻出3000語を学習すれば、ある程度の内容理解はできるようになることが分かります。またスラスラ読んで楽しむレベルを求めるとなると、98%程度の語彙を知ることが必要になるので、5000語は必要だと言われています。これが一般的な小説となると、7000語レベルの語彙、多くの文学的な表現を含むような比較的難しいタイプの小説を読むとなると9000語レベルの語彙力が必要だといわれていますから、文学作品を楽しむためには、かなりの語彙力が必要になることがわかります。
この2000語、5000語、7000語、9000語レベルという指標ですが、語彙に関する研究者が、あらゆる場面で実際に使用されている単語の使用頻度を分析した研究に基づいて作成した単語リストです。最も使用頻度の高い1000語、次に使用頻度の高い2000語というように、1000語毎のレベルに分けられていて、当然ですが最初の1000語を優先的に学習するべきで、次に2000語を学習するべきというように、英語学習の際の優先順位を決めるためにも広く使用されているものです。ここでいう1000語の数え方は、辞書の見出し語の数のようなものです。たとえば、careという単語の場合、care, cares, caring, caredというように語形変化がありますが、たとえば、caringだと「やさしさ」「思いやり」「介護」などの意味もありますが、これらの語形変化によってできた単語をまとめてひとつと数え、それを頻度の高い順に並べた最初の1000語ということになります。
すでに英語学習を進めていらっしゃるので、基本となる語彙力が身についているかどうかを確認するのには、1000語単位ではなくて、2023 年にCharles Browneらによって発表されたNew General Service Listを使用するのはいかがでしょうか。このリストには2809語が含まれていますが、これらの単語をまだ理解できていない場合には、例文などを使用しながら、まずはこの2809語を完全にマスターすることをおススメします。New General Service Listと検索すると実際のリストも、これらの単語に関する統計や例文なども無料で閲覧できますので、実際にご自身がこれらの単語をマスターしているかどうか確認するところから始めてみてください。そして、これらをマスターすれば、先に紹介した10代向けの小説の約96%、小説以外では一般的な英語で書かれた文章あるいは話されている英語のうち92%程度を知っていることになりますので、読んで理解できる文章の幅が広がり、今後の英語学習を非常に進めやすくなります。逆にいうと、これらの重要語句をマスターしていないのであれば、理解できる英文の種類が限られていて、あまりスムーズに英語学習を進めることが難しくなります。したがって、まだこれらの重要語句のマスターを優先してください。
語彙を学んだら、多読を楽しもう!
重要語彙を学んだら、次に読む練習ですが、私は多読を強くおススメします。先にも述べましたが、文章を理解するには95%以上の単語を知っていることが条件となります。これらの重要語句をマスターしてもすべての英文を理解できるというわけではありませんが、10代向けに書かれた小説やニュース番組のスクリプトなどであれば、辞書を使用しなくても十分理解できるはずです。英語学習者用に書かれたテキストなどではなく、実際にネイティブスピーカー向けに書かれた文章でも、日常的な内容のものであれば、辞書なしで難なく読めると思います。
多読で重要なのは辞書や文法書などを調べたりしないで、単に読んで意味を理解して内容を楽しむという点です。学習者の中には、英語を早くマスターしたいからと焦って多少難しい表現が含まれている題材を選んで多読に励もうとする方も少なくありませんが、結局は辞書などを使用して認知的に学習していることになり、多読によって得られる自然な言語習得とは効果が異なります。確かに大人が言語を学習する際、認知的なアプローチで学習すると最初は学習速度が早いということも言われていますが、長い目で見ると、多読などによる自然な形で語彙や文法・語法を習得する方がいいと思います。何か直近で英語の資格試験を取得しなければならないというような事情がないのであれば、実際に英語力をしっかり身につけたいので、じっくりと高いレベルの言語習得を目指してください。そのためにも辞書なしでも十分理解できるレベルの題材を選ぶということを必ず行ってください。
この理解できるレベルの題材を使用することをおススメする理由は言語習得理論にあります。言語習得はその言語を使用して書かれたあるいは話された文章を理解してはじめて起こります。それは全く言語を持たずに生まれてきた赤ん坊が、日に日に理解できる言語を増やしていくのと同様のプロセスです。よく学習者が行う、意味の理解できない文章を辞書や参考書を頼りに理解できる状態にするのではなく、すでに持っている力で理解できる文章の中で、知らない単語や表現を習得していくという学習法が、人間が言語を習得する自然なプロセスに則った方法になります。このやり方ですと、知らない単語の意味を文脈から推測することになります。この文脈から推測するという語彙学習法はとても効果があります。知らない単語が登場してすぐに辞書を引くような学習方法よりも、記憶に残りやすくなるので、長い目で見ると辞書を使わずに理解しようとすることが重要な学習方法になります。理解できる文章を読むことで、さらなる言語習得が起こるので、現在のレベルで理解できる文章を探してみてください。実際に書店に足を運んで最初の数ページを読んでみて、時々知らない単語が登場するものの、辞書などを使用せずに理解できるものを選んでみてください。知らない単語が一つも登場しないのは簡単過ぎますので、知らない単語が2~5%くらい登場するものを選ぶといいでしょう。そして、その本を読み終えたら、また次の本を同様の方法で選び読んでみてください。
The Remains of the Dayを読めるようになるには
それでは、目標であるKazuo IshiguroのThe Remains of the Dayを原著で楽しむためには、どのくらい多読を行なえばいいのでしょうか。実際に語彙レベルの分析をしたわけではありませんので、ここではあくまでThe Remains of the Dayの語彙レベルが7000語レベルだと想定して、私の考えを述べさせていただきます。もちろん、個人差がありますので、人によってかなりのばらつきがあるとは思いますが、語彙学習に要する読む量を研究したデータがあります。2014年にPaul Nation先生が発表したものですが、高頻出の2000語を学習するのに必要な読む量は約17万語、3000語だと約30万語、そして目標の7000語レベルですと、およそ204万語を読むことが必要だと言われています。これは一冊の小説が大体12万語だとして、およそ16冊分となりますが、ゼロからのスタートではなく、すでにおよそ3000語レベル近くまでは達成していると想定すると、約13冊の小説を読めばこの7000語レベルを達成できるという計算になります。語彙学習はこのような単純な計算ではうまく測れないとはいえ、この13冊をひとつの目安として多読を進めていくと、目標の7000語達成、そして、The Remains of the Dayも読めるようになると思います。
しっかりじっくりと英語力を身につけていただきたいので、そのためには言語習得理論に則った有効な学習方法を続けてほしいです。目標が小説を読むことですし、読書が好きな方でしたら、読むことで語彙力も文法力も向上させる方法が向いていると思います。かなりの量を読まなければならないような印象はありますが、レベルの選択を間違わなければ、純粋に内容を楽しめますし、学習効果も期待できます。今3000語レベルだったとして、ゆっくり読んで1か月に1冊ペースでも1年1か月後には目標のThe Remains of the Dayを読むことができると思います。是非読書を楽しんでください!
参考文献 ・Browne, C., Culligan, B. & Phillips, J. (2023). The New General Service List. https://www.newgeneralservicelist.com/ ・Hirsh, D., & Nation, P. (1992). What vocabulary size is needed to read unsimplified texts for pleasure? Reading in a Foreign Language, 8, 689-696. ・Nation, P. (2014). How much input do you need to learn the most frequent 9,000 words? Reading in a Foreign Language, 26, 1–16. |
★編集部より★
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